20180922_パワハラする側の心理

 

1.「パワハラ問題」は「働く人たち」の武器?

 

 パワハラが職場の労務問題になるケースが増えています。(データで見るパワハラ_厚労省)。もちろんパワハラそのものの件数が増えてきたわけではなく、パワハラが裁判にまでなる(パワハラ裁判例_厚労省)ケースが増えてきたということです。

 

 誤解を恐れず言えば、「上司の指揮命令に服して働く人たち」にとって「パワハラ問題」がひとつの有力な「武器」になってきている観があります。もちろん人事労務管理の課題は「パワハラ問題」を「武器」にしなくて良い職場作りですが…

 

2.「パワハラする側の心理」を考えてみる。

 

① 「パワハラ」する側の根強い「自己愛」

 

 「セクハラ」とは違って、「パワハラ」は「自分ではそれと気付き難い」点が特徴のひとつです。それは多くの「上司」が「指揮命令」や「指導育成」という「基本行為」そのものを「行うべきこと」=「正しいこと」として行なっているからです。

 

 また多くの「上司」は「自己肯定感(自分が正しい)」や「自己有能感(自分は出来る)」ということ(総じて言えば「自己愛」)を多かれ少なかれ自らの「励み」や「目標」にしながら今に至ったからです。

 

 そうした「自己愛(自己肯定感や自己有能感)」が何らかの理由(部下や部下との関係に起因する理由)で損なわれようとした場合に、「上司」がパワハラという「手段」を通じてそれを「満たそうとする」だけなのかも知れません。

 

(「パワハラをする上司」にとって「パワハラ」は、その「自己愛」の「確認」や「代償」、「不安」や「コンプレックス」の表明なのかも知れません。歴史上、「正義」が多くの人々を迫害してきたのと同じ「心理」なのかも知れません。)

 

② 「パワハラ」される側の根強い「自己愛」

 

 … ところが勿論、そうした「上司」に「指揮・命令」され「指導・育成」される側の「部下」も、強い「自己肯定感」や「自己有能感」(総じて「自己愛」)で「成り立っている」のは当然です。

 

 それは「部下」によっては「上司」以上に強烈な「自己愛」であって、これに気付かず、

またはこれを軽視し、これを損ねるような言動や態度をとる「上司」は「パワハラ」の誹りを招いたり、その轍を踏みがちです。

 

 「自己愛(自己肯定感や自己有能感)」が強い「上司」であればあるほど、それ以上に強いかも知れない部下の「自己愛(自己肯定感や自己有能感)」に気付かないで不用意なまたは無配慮な言動や態度を示してしまうのかも知れません。

 

(「パワハラを訴える部下」にとってもそれは、自身の「自己愛」の「確認」や「代償」、「不安」や「コンプレックス」の表明なのかも知れません。「自己肯定」や「自己尊厳」の欲求は、実は上司から見て「仕事が出来ない」部下ほど強いかも知れません。)

 

③ 自分の言動や態度が相手の「心」に与える影響に気付く。

 

 また、人間の「からだ」の傷は気付き易いが、「こころ」の傷は気付き難いということが「パワハラ」を気付き難くさせています。しかも「こころ」の表皮は「からだ」の表皮よりずっと薄く、傷つき易く、癒し難いように思います。

 

 自分自身への「肯定感」や「有能感」が強く、周囲からもそう扱われ、しかもそれが他者への「優越感」で支えられているような「上司」は不用意で無配慮な言動や態度で、「部下」の「こころのうす皮」を「それとは気付かない」で破損してしまうかも知れません。

 

 「身体的・物理的な有形力」によるパワハラは論外ですが、「言葉」やそれに至らない、または作為・無作為を含む「態度」や「反応」が「それとは気付かない」うちに「パワハラ」になってしまっているかも知れません。

 

3.「パワハラ問題」を「武器」にさせないために

 

① IQよりEQ

 

 「EQ」というのは、「他者の感情に気付き、配慮する」能力であり「自分の感情を上手くコントロールする」能力であり、例えば「部下の被害感情に気付き、配慮する」能力であり「自分の『怒り』感情を上手くコントロールする」能力です。

 

 また、人間関係は「理(論理や合理)」だけで成り立っているわけではなく、「情(感情や情緒)」で成り立っている場合が多く、いわゆる「IQの高い人」は「理(論理や合理)」に偏った判断や選択をしがちなので要注意です。

 

② 指導より支援

 

 少なくとも筆者は「上司」の役割が、部下への「指導・育成」だということ自体にやや疑問を持っています。「部下」に必要なのは「指導」よりも「支援」であり、「部下」は「上司が育てる」ものではなく「自ら育つ」ものだと信じています。

 

 部下への「指導・育成」に名を借りた「パワハラ事件」が後を絶ちません。但し、「不正」なことや「危険」なことは、その場で「制止」したり予め「禁止」しなければならず、そのこと自体は決して「パワハラ」に該当しないことは言うまでもありません。

 

③ 「其れ、恕か」

 

 孔子が弟子に「人として最も大切なこと(=それが無くては人間でなくなるほど大切なこと)は何か?」と問われて、「其れ、恕(じょ)か」と答えたそうです。簡単に言えば「人の悲しみや苦しみへの思いやり」「人の過ちや至らなさへの赦し」です。

 

 また「育てることは待つことだ」とも思い、「自分の言いたい事が相手の口から出てくるようにするのが意思疎通」です。「マネジメント」とは「人(のこころ)を通じて仕事をすること」なのですから、肝心の「人(のこころ)」を損ねては成り立ちません。

 

<参考URL>

職場のハラスメント対策_日本看護協会