20201003_働くことの幸せ

  

1.筆者自身の「働くことの幸せ」

 

・筆者自身は、学校を出て「就職」するとき、「自分の生活を自分で営む」こと自体が基本的な動機付けでした。(ほとんど何ら専門性を備えることなく、「職業人・生活人・社会人として自立する」ことが…)

 

・また筆者は、「せめて蛍光灯の下でなく、太陽光の下でするような仕事がしたい。」と思っていました。(結局、某大手メーカーの、本社の人事部でも法務部でもなく、7千人規模の事業場の勤労部が最初の職場でしたが…。)

 

・そうして、その後、「ひとりの独立した職業人として、大組織に属し、大組織を通じてでなく、それと協業しながらも、直接、社会的に独立したい。」と思うようになり、そのための異業種転職(原始的蓄積期間)を経て、「独立」して、未だわずか3年目です。

 

・結果的に筆者が選び取ったビジネスのテーマとドメインは、「(主として医療機関向けの)採用から退職までの人と組織のマネジメントのしくみの作り込みの支援」というもので、独立3年目で10法人ほどの「顧問先(支援先)」に恵まれることができました。

 

・個人事務所として独立開業3年目で、ようやく一定の「自己実現感・自己達成感」に、「自己満足的」には「浸って」います。今は、若い事業家や専門家の人たちや、医療機関等の経営者の皆さんと出会い、共感し、協働できれば、と思っています。

 

2.それを偉そうに人に言うとき

 

・あるとき、特別支援学校で、これから就職しようとする生徒さんたちに社会人講師として立つ機会があったとき、「ありがとう、おかげさまで、助かった、楽しかった」と言ってもらえる仕事がいい仕事だよね?」と問いかけてみました。

 

・さすがに生徒さんたちには「上司や先輩の言うことをよく聞いて仕事をしましょう。」とは言いましたが、「労務(他人の指揮命令)に服して賃金(生活の糧)を得る)」ことが「働く幸せ」だとは決して言いませんでした。

 

・「自己実現できる仕事」がいい仕事だとさえ、筆者は必ずしも思っていません。「生存」さえ「自己生存」だけでは成り立たず、「相互生存」でしか成り立たないのに、「尊厳」や「実現」が「自己」単独で成り立つはずがない、と思うからです。

 

・せめて「自己」でなく「相互」と、なぜ言わないのか、言えないのか、それほどまでに人間は「切り離された」存在なのか。そんなはずはない。人間は、自然との関係においても、人間どうしの関係においてとも、もっと「豊かな」存在なのだと、思います。

 

・「社会の成長や成熟」と、「人間の成長や成熟」は、同一だろうと思います。自己単独のではなく、人間相互の、たとえば自由や平和や幸福という価値を、「人間どうしがより良く働き合う」ことを通じてこそ実現してきたのが歴史や文化だろうと思います。