20200524_辟易と閉口の理由

あなた(またはわたし自身)に辟易し閉口していること…

 

ア)相手への視点が無い。

 

… それでは相手が判らない、ということがほとんど判っていない。ほとんどいつも相手の理解でなく、自分の理解でしかモノを言わないからです。相手に伝える、判ってもらうといことは、相手のアタマをキャンバスに見立てて、そこに絵を描くことです。

 

 自分のキャンバスに、自分の好き勝手に絵を描いていては、相手には見えません。相手のキャンバスに、相手の絵の具(概念や言葉)を使って、相手が見えるように絵を描くことです。絵画で音楽でも文学でも報告でも、みな同じです。

 

イ)目的(価値)意識が無い。

 

… それは何のためか、という視点を失ってはならない。仕事は作業ではなく解決です。その作業をすれば済む、というわけではない。どんな仕事にも「何のために?」という「目的や価値」があるのだから、それを達成したり実現したりするのが仕事です。

 

 また、仕事には「相手」がいます。相手にとっての目的を達成し、価値を実現し、問題を解決するのが仕事です。それがあってはじめて仕事のやりがいや自分のよろこびにつながるのです。自分の満足感や有能感や優越感だけが仕事の目的でも価値でもないのです。

 

ウ)言葉(考えや配慮)が足りない。

 

… コミュニケーションの問題は、「そのひと言があるかないか」です。例えば「ありがとう」のひと言があるかないかで、相手とのコミュニケーションは大きく違います。「そのひと言」が相手をどれだけ安心させ、また、損なうかをイメージすべきです。

 

 相手にモノを頼む時は「~していただけませんか?」と言うのが礼儀です。相手は人間なので、犬や猫に「お手」と言うのとは違います。「どう言って良いか分からないから何も言わない。」のでは困ります。

 

 「考えることは悩むこと」であり、「書くことは苦しむこと」です。そして「成長」とは「悩み苦しむこと」によって得られるものです。もっと相手のことに悩み、それをどう伝えるかに苦しむことをお薦めします。

 

 「言葉が足りない」ということは、そうした悩みや苦しみが足りないということです。成長が足りないということです。相手の考えや思いへの配慮や想像が足りないということです。

 

エ)相手の手間より自分の手間を惜しむ。

 

 「自分の手間を惜しむより、相手の手間を惜しむこと」が仕事です。それは相手にとって判りやすいか、自分の、ではなく、相手の目的を達成し、相手の価値を実現し、相手の問題を解決するか。そのための自分の手間を惜しまずに仕事をしているか。

 

オ)~のせいにする。

 

 「~だから」「~してくれないから」という言い訳はいくらでもするのに、そこを自分で何とかしようという努力や工夫が足りない。<続く>