20151121_自らを憎む以上には人を憎まず。

 

1.誰しも他人を憎むほどには、自分を憎まないはず。

 

 「自己嫌悪」という言葉は一般的ですが、「自己憎悪」という言葉はそうではありません。他人を憎悪するほどに自己を憎悪する人は少ないはずです。「憎むべきは他人」「愛すべきは自分」というのが、実は人間の本性なのかも知れません。

 

 … いわゆる「うつ病」を発症させ、悪化させる原因のひとつは「自己否定」感や「自己呵責」感ではないでしょうか。それを「優位にある他人」から強いられるのが「ハラスメント」です。そして人をそこから立ち直させるのは「自己肯定」感以外には無いのです…

 

 「汝自身を愛するように汝の隣人を愛せ」という教えは「自分を憎む以上には他人を憎むな」という教えのようにも思えます。人間どうしの争いが絶えない根本原因は、「自分を愛する以上に他人を愛せない」くせに「自分を憎む以上に他人を憎む」からでしょう。

 

2.人を恨む気持ちを捨てれば戦争は起こらない。

 

 先日、朝日新聞の読者投稿欄(2015年9月5日朝刊「声」欄)に、「人を恨まなければ戦争起きない」という、わずか11歳の少女による次のような内容の投稿が掲載されているのを見ました。(以下引用します。)

 

 …私は、どうしたら争わなくて済むのだろうかと考えた。ある言葉を思い出した。2歳の時に広島で被爆し、その後、白血病を発病して亡くなったある女の子について書かれた本のあとがき…(人を)恨むような気持ちは絶対に捨てなくてはならない…

  

 私は、これが戦争をしないための答えだと思っている。人を恨まないで、お互いを認め合う心を持つ。みんなが冷静になってそう考えれば、地球上にいる全員で戦争を止めることができるだろう。(引用おわり)

 

3.個人としての「自己」ではなく、社会的に成長を遂げた「自己」

 

 人を恨んだり憎んだりしても何も生まれないし、争いも尽きない。せめて「自分を憎んだり恨んだりする以上には他人を憎んだり恨んだりしなければ」また「少なくとも自分を愛するのと同じように他人を愛することができれば」人類から「争い」が少なくなるでしょう。

 

 人間の欲求の基礎には「他人の生存・安定・尊厳を犠牲にしてまでも自分を肯定し、その生存・安定・尊厳を維持しようとする」強烈な欲求が横たわっているように思います。それがおそらく人間としての生存本能であり、人と人との争いの根源です。

 

 しかし、人間どうしが争わなければ自己の生存や安定さえ維持できないという状況は、人間の社会と歴史にとっては未だきわめて低次なものであるはずです。やがてはもっと成長を遂げた社会や人間が少女の思いを実現するはずです。