20160203_人は育てるのではなく育つ。

 

1.人は「教育」では成長しない。

 

  「人は教育では育ちません。」というのが筆者の口癖のひとつです。狭義の「教育研修」で知識や技術を知るようになることは比較的容易ですが、それを現実に適用して自ら最適解を導く力が身に付くわけではありません。

 

 現実は矛盾と対立、理性と感情、運と不運の混沌であり、無理解・無関心・非協力の闇に覆われているかも知れません。机上の「あるべき論」が単純に通用するはずもなく、「足して二で割る」「無理が通れば道理が引っ込む」式の「解決」のほうが日常的でしょう。

  

 そうして現実的な諸条件や諸制約の中で、それでも何とかして少しでもより良い「解」を求めようとする本人自身の悪戦苦闘や試行錯誤こそが、長い時間を経てようやくその人に力を与え、その人を「育てる」ことになるのだと思います。

 

 人事マネジメントの一般論では「人材育成」とか「育成責任」という言葉が安易に用いられますが、幼児や児童ならいざ知らず、少なくとも成年の社会人・企業人を相手に、「人を育てる」などという言葉を使うことは、少なくとも筆者にはできません。

 

 人は教室では育たず、現場で育つのです。企業の人事マネジメントにおける「人を育てる」という機能は、人に対する適切なオリエンテーションとモチベーションを行い、せめてその「成長を促進する」ことであろうかと思います。

 

2.人が「成長する」とは何がどう「変容する」ことなのか?

 

 「**は戻る」(**は伏字です。)というのも筆者の嘆きのひとつです。上司としていくら部下に「基本的な仕事進め方」を教え込んだつもりでも、部下自身が自分のものにしないかぎり、上司が異動などしたとたん、しっかり元の仕事の進め方に戻してしまいます。 

 

 成長とは、何らかのかたちで、その人の何かが「変わる」(または何かを「変える」)のでなければ意味がありません。「変わる(変える)」ことが比較的容易なものから困難なものまで配列すると次のようになるでしょう。

 

 ①知識や技術

   ・・・ 知らなかったことを知る/できなかったことができるという変容

 ②言動や態度

   ・・・ ものの言い方、行動のしかた、人やものごとへの態度の変容

 ③考え方

   ・・・ 例えば「帰納的な」ものの考え方から「演繹的な」ものの考え方への変容

 ④パーソナリティー

   ・・・ 例えば「感情的な」パーソナリティーから「理知的な」パーソナリティーへの変容

 ⑤気質

   ・・・ 例えば「おおざっぱな」気質から「細やかな」気質への変容

 

 企業における「成長の促進」は、①の変容は可能であるとしても、②言動や態度に注意を促し、その前提となる③ものの考え方を一部修正してもらう、のが精一杯で、④や⑤は自覚だけしてもらえれば十分というところだと思います。

 

 上司による指導の甲斐もなく、「元にもどってしまう」部下がいるとしたら、おそらく上司の言うことが①や②の表層の変容にとどまったためで、③の変容やその定着にまでは至らなかった、ということでしょう。

 

【追記_20160822】反面教師でも人の成長を促進すれば良い…

 

 上司に向かって「あなたの言うことは自分は既に分かっているし、あなたの言うことは必ずしも正しいくない。」と言う部下が万が一いたとしたら・・・筆者なら当面、「育成責任」を保留し、ひたすら部下の成長を祈りたいと思います。 (それでも部下が育ってくれるならそれで良い。)