20160208_小信忽(ゆるが)せにせず、怒罵相辱(はずかし)むるをなさず

 

1.小信忽(ゆるが)せにせず、怒罵相辱(はずかし)むるをなさず

 

 終戦の詔勅の添削者として、また、歴代の総理大臣の師として高名な安岡正篤という学者の著書に紹介されている言葉のひとつで、「ささいな約束・信用もないがしろにせず、感情のままに相手に怒ったり罵ったり蔑んではならない」という意味だと思います。

 

 「小信忽せにせず」とは、例えば「時間を守る」ことや「約束を守る」ことであり、それらはいわばひとつひとつの「実績」や「結果」を積み木のように積み上げることであって、それでようやく「信用」という構造物が出来上がるのだと思います。

 「怒罵相辱むるをなさず」を言いかえれば相手に対する「リスペクト(Respect)」ということで、およそどのような関係であっても(親子でも、夫婦でも、師弟でも、上司と部下でも、たとえ敵対する相手とでも)これこそが人間どうしの関係の基本であると思います。

 

2.リスペクト(Respect)無しには人間関係自体が成り立たない

 

 逆に言えばお互いへの「リスペクト(Respect)」に基づくのでなければ、およそまともな人間関係はなりたたず、それに基づかない人間関係は必ず崩壊するし、それが家族や友人との関係なら、むしろ「早めに解消したほうが良い」とさえ、筆者は思います。

 

 お互いの「リスペクト(Respect)」に基づかない人間関係など成り立たない。これが成り立たないと悟ったとたんに、人は家族を離れ、友好を断ち、職場を去り、最悪の場合は敵対し、戦争にさえ陥るのでしょう。

 

 そして人間どうしの「争い」を解決するものは、「相互」の「リスペクト(Respect)」に基づく「和解」以外にはありません。「生存」も「尊厳」も「実現」も、少なくとも人間にとっては、「相互」を主語にすること以外に成り立たない、というのが筆者の信念です。

 

3.部下が離反し、さらにはハラスメント問題を生じる理由

 

 上司が部下を、「怒罵相辱むる」場面は、真に残念ながら現実にはあとを絶ちませんが、それでは人間関係としての協働関係が成り立つはずもなく、多くの部下が心身ともに上司のもとから離反し、ハラスメント問題さえ生じるのは、当然のことです。

 

 また、上司が部下が進めようとしている仕事に対して無関心・無理解・非協力であってはならないし、部下の時間や、部下との「小信を忽せ」にしてはなりません。上下左右いずれの人間関係も、相手への「リスペクト(Respect)」を欠いては成立しません。

 

 「リーダーシップ」とか「マネジメント」とか、もっともらしいことを論じる以前に、上司と部下との間に、双方向の「コミュニケーション(Communication)」と相互の「リスペクト(Respect)」が成り立っているかどうかが先決問題です。