20160424_正しい認識は正しい「解」を含む

 

1.正しい認識には正しい解決が既に含まれている。

 

 法律(裁判)用語で「争いのある事実」「争いのない事実」という言葉がありますが、まさにそれが紛争解決の基本原則(イロハのイ)です。「争いのある事実」は双方が証拠を摘示し、公平な第三者の心証を形成するのでなければなりません。

 

 そのようにして事実関係に関する裁判官の心証を形成したら(事実審)、当事者としてはそれに基づく法の適用を主張し、あとは裁判官の判断を待つしかない(法律審)のが裁判です。裁判官の事実認定や法の解釈適用に不服があれば控訴します。

 

 「争いのある事実」は双方が証拠を摘示し合い、必要に応じて適正に争う。できれば公平な第三者に仲裁してもらい、その心証形成を争うのが良い。そうして「争いのない事実」を双方誠実に積み上げていくことが、問題や紛争の平和的解決の第一歩です。

  

2.法律的(裁判上の)な紛争解決方法を実務に使う。

 

 そうして「共有化(share)」できた事実関係をどのように評価するかについて、双方また立場や利害の対立があることでしょうが、その対立を解く原理は「合理性」と「人間性」と「納得性」しかないだろうと、筆者は考えます。(必ずしも「真理性」ではない。)

 

 経験則や常識観に従って、また社会的で人間的な価値観に従って、双方が納得が行く程度の解決が得られるまで、「無益な争いを止めて互いに譲歩する(妥協点を見つけ出す)」ことを繰り返すことが、問題や紛争の解決の基本です。

 

 筆者自身、「人事管理」という職業上、人と組織に関する数多くの問題や争いに直面し、解決してきましたが、法律や裁判で学んだ紛争解決の方法(争いのない事実を誠実に積み上げていくこと、最終的には公平第三者の判断にゆだねること)はずいぶん役に立っています。

 

3.人間系の問題は人間系で解く

  

 我々を取り巻く問題には大きく物理系の問題と人間系の問題があります。物理系の問題とは、天然自然の原理や法則の問題で、人智の及ばざる「どうにもならない」問題であり、人間系の問題の多くは人智の及ぶ「何とかなる」問題です。

 

 例えば人間の生死の多くは「天」の領域であり、「どうにもならない」問題です。われわれ人間はそれを「所与(前提)」のものとして、それをどのように受け入れ、対応するかが重要で、それは「人」の領域であり、「何とかなる」問題です。

 

 「困った時の神頼み」という言葉がありますが、それが「天」の問題なら文字通り「祈る」以外に「解」はなく、それが「人」の問題なら、神様よりも、しかるべき人に願をかける(理解・支持・協力を得る)ほうが「よく解ける」にちがいありません。