20161126_職場の中の「困ったひと」たち

 

1.どういう人が「困ったひと」たちなのか?

 

 極端な未熟性(下記①)、またはパーソナリティー上の偏り(下記②)、相手や周囲への配慮なく、何事にも無関心で非協力、十分な意思疎通が出来ない・・・、これらをはじめとする数々の非協働的な性向や言動や態度が「職場の中の困ったひとたち」の特性でしょう。

 

<参考①成熟性と未熟性>

 

 成熟性

  □ 能動的

  □ 独立

  □ 多様な行動

  □ 深く強い興味

  □ 長期的展望

  □ 対等または優越

  □ 自己発見と統制

 未熟性

  □ 受動的

  □ 依存的

  □ 単純な行動

  □ 浅く移り気な興味

  □ 短期的展望

  □ 従属的

  □ 自己認識の欠如

 

<参考②パーソナリティー障害>

 

 【A群パーソナリティー障害】奇妙で風変わりに見える。

  □ 親密な関係で急に不快になる。認知的・知覚的歪曲、行動の奇妙さ。

  □ 社会的関係からの遊離、感情表現の範囲が限定される。

  □ 他人の動機を悪意のあるものに解釈するといった、不信と疑い深さ。

 

 【B群パーソナリティー障害】演劇的で、情緒的で、移り気に見える。

  □ 他人の権利を無視しそれを侵害する。

  □ 対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性。

  □ 過度な情動性、人の注意をひこうとする過度の言動。

  □ 誇大的で、賞賛されたいという欲求、他人への共感の欠如。

 

 【C群パーソナリティー障害】不安・恐怖を感じやすい。

  □ 困難や他人との密な接触を回避する。他人からの否定的評価に対して過敏。

  □ 世話をされたいという全般的で過剰な欲求のために従属的でしがみつく。

  □ 秩序、完全主義、コントロールすること、に非効率的なまでにとらわれ。 

 

2.どういうことが「困ったこと」なのか?

 

 ある人やある人たちにとって不都合で思い通りにならないことは、他の人や他の人たちから見れば、同時に不都合で思い通りにならないことなのかも知れず、「職場」とは所詮、お互い「少しずつ困ったひとたち」の寄せ集めなのかも知れません。

 

 それを特定の「職場の中の困ったひと」のせいにしてしまうのはハラスメントにもなりかねず、それが「自分」や「自分たち」の自己本位(自己都合で自己優位)の、要するに単なるエゴイズムの表れに過ぎないのではないのかと、顧みることも必要でしょう。

 

  したがって、「職場の中の困ったひと」たちを非難したり否定したりする前に、先ずはそうした「言動や態度」と「仕事のしかた」に注目し、それが「組織的協働を現実的に、かつ無視できない程度に損ねた」なら、それを「何とかする」ことを考えるべきでしょう。

 

3.「困った言動や態度」にどう対応すれば良いか?

 

 「困った言動や態度」への対応を考える上で必要なことは、第一には「それは指導や育成で何とかなるのか、ならないのか?」という判別です。企業は家庭や学校とは違うので、それに費やす時間や費用とのバランス感覚が必要です。

 

 第二には「それは無視できることか、できないのか?」という判別です。つまり、正常円滑な業務遂行の妨げになるのか、ならないのか、周囲や職場の寛容や受忍の範囲内なのか、そうでないのかという判定です。

 

 もしも「困った言動や態度」が指導や育成ではもはやどうにもならず、現に業務の妨げになって無視も放置もできないというなら、せめてそれを「無害化する」ことが必要であり、その方法として考えられるのは「禁止する」ことと「遠ざける」ことです。

 

4.「困った言動や態度」を「無害化」する。

 

 「困った言動や態度」を「無害化」するということは、たとえその人の「困った言動や態度」があったとしても日常の業務遂行に「何ら支障がない」状態にすることです。そのためには困った言動や態度」を「禁止する」か「遠ざける」ことです。

 

 「禁止する」ということは、業務の妨げとなる「困った言動や態度」を具体的にその場でとらえ、それを禁じること。仕事上の日常的な言動や態度が「目に届く」範囲の上司を置き、その観察と指導と記録を行うべきです。

 

 「遠ざける」ということは、「困った言動や態度」をその業務から隔離することです。具体的には分担を変える、部署や職場を異動する。(その際も決して「一人職場」に追いやってはなりません。責任と能力のある上司の下に置くべきです。)

 

5.「困ったひとたち」を批判・否定せず、根気強く「自己認識」を求める。

 

 「困ったひとたち」への人格的要素への批判や否定を繰り返しても問題は何も解決しません。必要なのは「困ったひとたち」への批判や否定ではなく、「困った言動や態度」もしくは「困った仕事のしかた」への「自己認識」とそれを通じた「自己抑制」です。

 

 「自己認識」には場合によっては(人によっては)何年もかかります。極端な未熟性やパーソナリティー上の偏りは、アドラーの言う「3~5歳のころに形成された人格の原型」への強固または無意識の「自己肯定」観に根差しているからです。

 

 それでも職場としては「そういう言動や態度は困る」「こういう仕事のしかたは困る」ということを根気強くフィードバックする以外にはありません。在職を前提にする限り、その過程での「自己認識」と「自己抑制」に期待する以外にありません。