20161218_「法」を守らない経営者たち

 

1.「法を守っていては経営は出来ない」と言い放った経営者

 

 ある中小のコンピューターソフトウエア開発会社は、社員を厚生年金保険にも加入させず、法定の時間給も支給しない、今で言う「ブラック企業」のひとつでしたが、そのオーナー経営者は筆者に向かって、冒頭の言葉を発しました。

 

 やがてその企業は外部の労働団体の介入による労働紛争等に見舞われることとなったのですが、インターネット上の募集広告等を見る限り、かろうじて事業を継続し、少なくとも募集広告上は厚生年金保険への加入を掲げています。

 

 国には国のルール、社会には社会のルール、市場には市場のルールがあり、それらには守るべき公的な利益(=法益)があります。これらのルールをふみにじり、法益を毀損する者は遅かれ早かれ国や社会や市場からの「退場」を宣告されるでしょう。

 

2.「法を守ることは当然のルールだ。」と言ってくれた経営者

 

 また、筆者が接したある外資系日本法人の経営者は、社会保険料の事業主負担の大きさを嘆きながらもそれを拒まず、社員のために退職金共済への加入を決め、利益が上がれば先ず社員に還元しようと考える人でした。

 

 人事労務担当者にとって「法令を守ることは企業経営を行う上で当然のルールだから…」と言ってくれ、「法令を守らせてくれる」経営者ほど有り難いものはなく、企業のコンプライアンスは、こうした経営者の姿勢で決定されると言って良いと思います。

 

 法やルールを守ることは当然の前提であり、競争は常にそうした前提のうえにはじめて成り立つもの(フェアプレイ)であることは、誰にとっても「当たり前」のことではあっても、それを現実に履行するには相当の力が必要です。

 

3.「法はこうなっています。」だけでは解にはならない。

 

 少なくとも我が国の人事労務を取り巻く政策や法令は、企業の労務コストを押し上げる方向にしか向かっていないように見えます。(「同一労働同一賃金」を「正規雇用の雇用条件の切り下げ」に転化しないかぎり・・・)

 

 「法令ではこうなっています。」と、法令を盲目的・機械的に適用するのでなく、その法令や政策の趣旨に遡って、また、その企業の事情を十分に斟酌したうえで、「ではこうしましょう。」という提案を、経営者は待ち望んでいるはずです。

 

 「法は不可能を強制しない」の言葉どおり、行政・監督当局も、企業が法令や政策の趣旨に沿って誠実な努力と実績を積み上げていると認められるなら、決して無理を強いることはないはずです。そこに「現実解」があります。

 

<追記事項>「情」の無い経営者と「理」の無い経営者はどちらが良いか?

 

 …それはもう言うまでもなく「情」が無くては困るし「理」が無くても困る、「情と理のバランスが必要」という一般論が妥当です。リーダーシップの「P(Performance)型とM(Maintenance)型」の議論や、基礎能力の「IQとEQ」の議論と同じです。

 

 要は両者を併せ持ち、時機と場合と相手に応じて上手に「使い分ける」ことが必要です(という一般論で恐縮です)。それより、本稿で言いたかったのは、「情」と「理」以外に、トップリーダーに期待されることのひとつが「法」だということです。