20170225_注意指導とハラスメントの境界

 

1.悩みや苦しみを強いてはならない

 

 ある作家の「考えることは悩むことであり、書くことは苦しむことだ」という言葉があります。上司として部下が作った書いた文書や資料などを見ていると、「この人は少しも思うことにも悩まず、書くことにも苦しんでいないなあ」と感じることがあります。

 

 「もう少しくらい思うことに悩み、書くことに苦しんだ方が自分の成長につながる…」と言いたいのですが、しかし、それが「指導に名を借りたハラスメント」にもなりかねず、やはり「悩み」や「苦しみ」は成長を促進するとしても、強いるべきではないのです。

 

2.指導とハラスメントの違い

 

 「指導」と「ハラスメント」とは何が違うのか、以下に反省を込めて振り返ってみます。ただし、全ては対象者としての「相手がどう感じるか?」です。注意指導する側に「愛情」や「理性」があろうがなかろうが、相手の「感情」次第です。

 

 □ 「信頼関係」の前に「2wayコミュニケーション」があるか?

 … 当方が一方的に言うだけで、相手が黙り込んでしまってひと言も発することが出来ない状態では、もはや「指導」とは言えないのでそこで停止すべき。

 

 □ 「何を言うか」より、「どう言うか」が問題

 … 当方の言い分に合理性があろうがなかろうが、相手がそれを「ハラスメント」と感じるかどうかが問題。相手の自尊心を損ねるような「言うこと」も「言いかた」も厳禁。

 

 □ 「それと気付かない」のがハラスメント

 … 当方が「指導」のつもりでも、相手にとっては「苦痛」でしかないかも知れない。それに気付かないことがハラスメントの始まり。

 

 □ 怒っていないか?

 … 感情の起伏は誰にもあるが、それをそのまま相手を「はけ口」にして良い訳がありません。特に怒りやイライラの感情は相手の心情にこたえます。

 

 □ 侵していないか?

 … 相手へのリスペクト(人格性の尊重)を欠いてはならない。相手の自尊心を損ねて(侵して)自分の自尊心を保とうとするようでは幼稚(未成熟)に過ぎる。

 

 □ 怠っていないか?

 … 「人の短を言うなかれ、己の長を言うなかれ」という言葉があります。人の足りない点、至らない点を指して言う以上、自分の修養を怠ってはならない。

  

3.必要なのは「指導」より「支援」なのではないか?

 

 指導のつもりで言ったりしたりしたことが、相手の心情には「ハラスメント」としか映らないことは現実にあります。指導の行き過ぎによるパワハラの場合は「本人のため」という気持ちが強いのでセクハラの場合より余計に「気付きにくい」でしょう。

 

 しかし、そもそも、部下にとって必要なことは「注意」や「指導」なのかと反問(煩悶)すれば、「必ずしもそうではない」のかも知れません。それよりも、上司も部下も結局はお互いに「支援」を求め合っているのかも知れません。

 

 もちろんそれは「本来自分がやるべきことを手伝ってもらう」ということではなくて、「本来自分のやるべきことができるように支援してもらう」ということであって、上司なら適時適確な判断と責任、部下なら正確で迅速で丁寧な仕事以外には無いのです。