20170330_アドラー心理学に学ぶこと〜「人格の原型」と「共同体感覚」について〜

 

1.4〜5歳の時期に「人格の原型」が形成される。

 

 我々は、「自分は生まれつきこうだ」とか「あの人は昔からそうだ」という言いかたを日常的にしますが、実はそれはひとつの「言い逃れ」にしか過ぎず、「それで良い」わけでもなく、「どうにもならない」わけでもないと思います。

 

 まず、「生まれつき」という言いかたははなはだ(少なくともアドラー心理学の立場から言えば)不適切であって、例えば「生まれつき」の性格などというものは存在せず、存在するのは「4〜5歳の時期に形成された人格の原型」です。

 

 筆者の理解で言えば、生まれたばかりの人間は、それぞれ「生体的な特性」を持っており、それに基づいて外的な刺激に対して反応し、さらにそれに対して周囲の人間からの再反応を受ける、ということを通じて「人格の原型」が形成されるのではないか…。

 

2.「人格の原型」をカウンセリングマインドをもって振り返ってみる。

 

 ですから、「自分は生まれつきこうだ(あの人は昔からそうだ)」と言って諦めたり切り捨てたりせず、「自分はなぜこうなのか(あの人はなぜそうなのか)」と、4〜5歳の時期に「人格の原型」がどのように形成されたのかを振り返ってみる「価値」はあるはずです。

 

 つまり「成長」とは、少なくとも何かが「変容」する以外には無いはずで、表面的な言動や態度を変える努力によって「変容」する部分もあるのですが、やはりもっと深い人格的な要素にカウンセリングマインドをもって向き合う必要があるでしょう。

 

 そうしたときに、今ある人格の原型が、自分(あの人)の4〜5歳の時期に、なぜ、どのように形成されたのかに思いを及ぼすなら、少なくとも否定感や排除感ではなく、「ではどうすれば良いか?」と接することができるように思います。

 

3.「職場の中の困ったひと」の人格の原型に向き合う。

 

 筆者の身近にも、周囲の人との間に障壁を設けて受け容れず、組織の中で独りぼっちの世界に生きるような人がいました。企業が一般的に期待する「協調性」(筆者が言う「協働性」、アドラー氏の言う「共同体意識」)が極端に欠けるひとの例です。

 

 一緒に働くひとたちのこころにダメージを生じたり、業務に具体的な支障が生じたりしないかぎり、採用した責任は企業にあるので、安易に退職に導くことはできませんでしたが、かと言って今さらその人の人格的要素をどうこうするわけにも行きません。

 

 しかし、その人の4〜5歳時の人格の原型をカウンセリングマインドをもって肯定的に本人と一緒に振り返ってみることができるなら、今後に向けた何らかの方向性(「解」とまでは言えないとしても)が見出せるかも知れないと思います。

 

4.「共同体感覚」というキーワード

 

 「人格の原型」とともに、アドラー心理学の最も重要なキーワードのひとつが「共同体感覚」だろうと思います。これは「人間は社会的動物だ」というのと同じで、人間が「人格の原型を形成する」のと同時に「社会性や共同性を身につけて行く」のだろうと思います。

 

 すなわち、人間が「社会性」や「共同性」を身につけて行くことが「人間の成長」というプロセスであり、人間が「人類」としてますますその「社会性」や「共同性」を高めていくことが、「人類社会の歴史的発展」のプロセスなのかも知れません。

 

 「人間性」と「社会性」や「共同性」は本来決して矛盾も対立もせず、同じことを言っているはずなのですが、もしそれが現実には矛盾や対立や疎外を生じているなら、「人類」の「社会性」や「共同性」の発展段階が未だに低いレベルにある証左でしょう。

  

<本稿の参考文献>

「生きるために大切なこと」(アドラー著・方丈社)