20170522_「自己認識」の必要性と有効性

 

1.「困った人」に必要なのは「自己認識」

 

 「職場の中の困った人たち」の、いったい「何が困った点か?」について筆者の経験から言えば、本人自身に「自分の言動や態度や思考が職場を困らせている」ということについての「自覚(自己認識)が無い」ということだろうと思います。

 

 つまり、職場の人たちから見れば例えば「自分本位(自己中心・自分勝手)にすぎる」ように見える(感じる)本人の言動や態度や思考も、本人自身にとってはむしろ「それが当たり前」という認識なのだろうと思います。

 

 ですから、「職場の中の困った人たち」への対応は、この間のギャップ(職場の人たちによる認識と本人の自己自身による認識のギャップ)を、双方向のコミュニケーションを重ねることで埋める努力を尽くすことが第一であると思います。

 

2.「評価の納得性」を高める「自己認識」

 

 評価者と被評価者間の評価のギャップの原因のひとつは、評価者の評価観の問題であり、評価の信頼性(何度やっても同様の評価か?)、妥当性(誰に聞いても同様の評価か?)、定見性(中長期的・組織的観点からの評価か?)の問題です。

 

 もうひとつは、被評価者の自己認識の問題であり、例えば本人が自分では「こんなに頑張っているのに」と思っていることと上司や周囲の評価観とのギャップを双方向のコミュニケーションを重ねることで埋める努力を尽くすことです。

 

 そうした双方向のコミュニケーションを積み重ねることで、評価者による評価の信頼性・妥当性・定見性が高まると同時に、非評価者にとっての納得性(「本人に聴いても同様の評価か?」)が高まるでしょう。

 

3.採用選考の基準は「自己認識」の適確さ

 

 筆者の私見ですが、採用選考で何が「合格」の決定的な基準となるか(基準とすべきか)と言えば、それは「自己認識の適確さ」だと思います。つまり、自分自身の能力や適性や指向を対自的・客観的に評価して説明できるかどうかです。

 

 先日も「一般事務」の面接をしていたら、40歳にもなる応募者が、数ヶ月のパソコン操作講習を受けたことをふまえて「自分はPCで仕事ができる」とさかんにアピールしておられたので、残念ですが「見送り」とさせていただきました。

 

 また、「人と接するのが好きなので…」という「志望動機」を言う人も多いのですが、思わず「では周りの人たちはあなたと接するのが好きですか?」と聞き返したくなります。やはり「相手や周囲の視点から自分を観察・評価できる」ことが必要だと思います。

 

<追記事項>認識のギャップを埋めるための2wayコミュニケーション

 

 本人の自己認識と上司や周囲の認識とのギャップを埋めるためのコミュニケーションの手法のひとつが「リフレクション法」です。これは、本人が問題のある言動や態度や思考を選択したその場でそれによる相手や周囲への影響を本人にフィードバックする方法です。

 

 母親が幼い子供に例えば「そういう言い方をする〇〇ちゃんが悲しむよ」「もし自分が〇〇ちゃんの立場だったらどう思う?」と言って自覚を促すのとほとんど全く同じです。「自分以外の視点から自分を観る」ことを習慣づける以外にありません。