20170615_人を動機付けることは難しい

 

1.「労務管理の理論」の殆どは「動機付けの理論」に費やされている。

 

 マズロー(欲求五段階説)もマグレガー(X理論・Y理論)もハーズバーグ(衛生要因と動機付け要因)も、「働く人たちが、何によって、どのように動機付けられるか」を、行動科学の立場から示しています。(参考「人事労務管理の思想」_有斐閣_津田真澄)

 

 この「働く人たちが、何によって、どのように動機付けられるか」という問題こそが、人事労務管理の理論や実践の中心であり、「人と組織を通じて仕事をする人たち」の悩みごとや困りごとの中心であろうと筆者は考えています。

 

2.マズローの読み解き方(再掲)

 

 「動機付け理論」の中でもマズローの「欲求五段階説」が最も有名で、拙著を含む多くの人事労務管理のテキストで取り上げられていますが、筆者自身は下記のように、一般的な理解とは少し異なる理解をしています。

 

① 生存や安定の欲求こそが最も根底的な欲求であり、動機付け要因である。

 

 「働く人たち」を、何が最も根底的に動機付けるかと言えば、それはマズローが欲求段階の最下段に位置づけた「自らの生存および安全・安定の欲求」だろうと思います。言い換えれば「仕事を失ったら食っていけない」という意識です。

 

② 親和の欲求もまた重要な欲求であり、動機付け要因である。

 

 これは実は、男女差のある問題かも知れません。「働きやすい職場」とか「職場の人間関係」という言葉で表される、働く上での上司や同僚や部下や客先等との円満なコミュニケーションや理解・協力・信頼関係への欲求であり動機付けです。

 

③ 自己肯定・自己保全・自己尊厳こそが最も強固な欲求であり、動機付け要因である。

 

 これは筆者自身が人事として上司として働く人たちの動機付け要因を観察する中で得た認識です。マズローの欲求五段階説における位置付けは高くはありませんが、結局のところ、人は、自己肯定・自己保全・自己尊厳の欲求を満たすべく働いているように見えます。

 

④ 確かに自己実現とそれに向けた自己成長に動機付けられている人たちもいる。

 

 マズローが欲求5段階節の最上位に位置づけているとおり、「仕事を通じた自己実現とそれに向けた自己成長」、あるいは少なくとも「より良い仕事をしよう(それができる自分になろう)」と動機付けられている人は少なからず実在すると思います。

 

⑤ 働く人たちの欲求や動機付け要因は人それぞれ、様々であって良い。

 

 生活の糧と安定を求めるレベルから、自己実現と成長を求めるレベルまで、働く人たちの欲求や動機付け要因には、上位も下位も無く、まさに人それぞれ、様々であって良いと思います。組織や企業は様々な欲求や動機付け要因を持つ人たちの集合なのです。

 

3.それにしても「人を動機付ける」ことは難しい。

 

 働く人たちが「組織協働的に仕事をする」ことに動機付けられてさえいれば、その要因は人それぞれ、様々であって良いと思います。特定の動機付け要因を外圧的に強制することはできず、内発的自発的に引き出す以外にはありません。

 

 「人が人を動機付ける」ことは労務管理の永遠の課題ですが、「人が人を」という部分が、それでも実際にはとても難しいのです。以下に、主に職場の上司として部下を仕事に動機付ける上でのポイントのいくつかを紹介します。

 

① 「人が人を」動機付けるのではなく「人が仕事に」動機付けられるようにすること

 

 人が人にあれこれ言って人を動機付けようとしても無理です。やはり「その仕事がその人自身を動機付けることができるかどうか」がポイントです。但し「それがどういう仕事か」と同時に「どういう仕事のしかたをするか」が動機付けのポイントです。

 

② 仕事の目的に動機付けられるようにすること

 

 さらに、「その仕事が目的は何か」が動機付けのポイントです。例えばコピーひとつとる場合でも「コピーをとる」という作業自体に目的があるのではなく、その先(そのコピーを何に使うか)に目的があります。そこに動機付けられるかがポイントです。 

 

③ 目的の達成を共有化できるようにすること

 

 仕事の目的が相手に十分伝わっていなかったり、理解されていなかったり、共有できていなかったりすれば、相手から十分な動機付けを引き出すことはできません。もちろんその目的は相手にとっても何らかのメリットのあるものでなければなりません。

 

④ 自己有能感や自己達成感や自己貢献感を引き出すようにすること

 

 メリットのひとつは「報酬や対価」であるかも知れませんが、その人が感じる「自己有能感や自己達成感や自己貢献感」であると思います。分かりやすく言えば「上司や他の人より自分が有能であり達成も貢献もしている」という実感です。

 

⑤ 褒めて育つかどうかは分からないが褒めれば動機付けられるということ

 

 もうひとつは上司や同僚や客先からの「感謝や評価」がその人を強く動機付けるに違いありません。ただし「感謝」は原資の制限無しで良いとしても、「評価」は有限の経営資源のひとつですので、能力と努力と実績に応じた「適正配分」が必要です。 

 

<追記事項>人間を究極的に動機付けるもの

 

① 「生きがい」や「働きがい」

 

 上記の議論を踏まえて、「では、人間を究極的に動機付けるものは何か?」と問われれば、筆者ならいわゆる「生きがい」と答えるつもりです。多くの働く人たちにとって、それは「働きがい」という言葉に置き換えても良いと思います。

 

 ただし、「生きること」や「働らくこと」が、何かの達成や実現のための単なる手段としての意味においてではなく、「生きること」や「働らくこと」自体が、そのまま人間的な(および社会的な)目的の達成や価値の実現であるような、という意味においてです。

 

② マズローが最上位に掲げた人間的な諸価値

 

 マズローなら何と答えるでしょうか。ひょっとしたら「自己実現ではない」かも知れません。そうであったとしても「何に向けた自己実現」でしょうか。その「何に」という部分には、マズロー自身が掲げた「16の(人間的な)緒価値」が当てはまると思います。

 

<マズローが「自己実現」に含めた人間的な諸価値>~「人事労務管理の思想」有斐閣・津田真澄著より最引用~

① 真

② 善

③ 美

④ 躍動

⑤ 個性

⑥ 完全

⑦ 必然

⑧ 完成

⑨ 正義

⑩ 秩序

⑪ 単純

⑫ 豊富

⑬ 楽しみ

⑭ 無礙(=むげ。妨げが無いこと。)

⑮ 自己充実

⑯ 意味

 

 筆者は上記に加えて、例えば「平和」「自由」「幸福」のような「人間的・社会的・歴史的な諸価値」を含めても良いはずだと理解し、それらの諸価値の達成や実現に向けた「協働(共同)」こそが、「人間的な労働(生きがいと働らきがい)」だと思っています。

 

<追記事項>

 

1.宮里藍選手の引退理由

 

 女子プロゴルフの世界的なトッププレーヤーである宮里藍選手(31)が、先日、記者会見で現役引退を発表されましたが、引退の理由を聞かれて「(トッププレーヤーとしての)モチベーションが維持できないと感じたから」と答えられていたのが印象的でした。

 

2.働く人たちにとってのモチベーションの維持

 

 宮里選手ほどの世界的なトッププレーヤーではないとしても、多くの働く人たちにとって「モチベーションの維持」はきわめて根本的で重要な問題であると思います。いったい何が自分を「働き続ける」ことがに動機付けているのか、という問題です。

 

3.「より良い仕事」をするために…

 

 宮里選手にも、多くの働く人たちにも共通的な動機付け要因は、「より良い仕事」をするということだろうと思います。仕事を通じて「より多くの報酬」を得るよりも、自分や社会にとって「より良い(価値の高い)」仕事をしたいと、誰もが思っているはずです。

 

① 自分にとって「より良い(価値の高い)」仕事

 

 「自己実現」という言葉はすでにおなじみですが、「自分もこういう仕事がしたい」とか「それができる自分でありたい」とか思うところの「自己実現」感や「自己成長」感が、多くの働く人たちの動機付けの動因となっているはずです。

 

 また、マズローの欲求五段階説では残念ながら「自己実現」の下位に位置付けられてはいますが、「自己有能」感や「自己達成」感を含む「自己尊厳」感が、現実には多くの働く人たちの動機付けの動因になっているように感じます。

 

② 相手にとっての「より良い(価値の高い)」仕事

 

 筆者が新入社員だったころ「有難うと言ってもらえるのが仕事の価値」という言葉の意味を実感したことが度々ありましたし、今でも「どうすればもっと相手に喜んでもらえるか」を基準に考えることがありあす。

 

 ほぼあらゆる仕事には「相手」があるのであって、仕事を通じて「相手」とどれだけコミュニケーションできるか、「相手」にとっての利便や価値をどれだけイマジネーションできるかが仕事の成否の分かれ目です。

 

③ 仲間にとっての「より良い(価値の高い)」仕事

 

 宮里選手は孤独なトッププレーヤーであったかも知れませんが、それでも他のプレーヤーや多くのスタッフがいなければどんな偉業も成し得なかったはずであり、ほぼあらゆる仕事には共に働く「仲間」がいるはずです。

 

 筆者自身も何度も経験しましたが、仕事の成果の大小は「どれだけ多くの人たちの理解や協力を得たか」に比例します。また、仕事を通じて思いや苦楽を共にすることができる素晴らしい「仲間」たちとの出会いが仕事への強い動機付けの動因になるはずです。