20170706_リーダーシップのP型とM型

 

1.対人的なマネジメント(リーダーシップ)の両軸

 

 三隅二不二氏が提唱したPM理論は、リーダーシップは「P機能(Performance function:目標達成機能)」と「M機能(Maintenance function:集団維持機能)」の2つの能力要素で構成されているという理論です。

 

 Pm型(P機能が強く、M機能が弱い)では目標を達成できるが、場合によっては集団を維持・強化できませんし、pM型(P機能が弱く、M機能が強い)では集団を維持・強化できても、場合によっては目標を達成できません。

 

 リーダーは、自分自身の適性(P型かM型か)とメンバーの特性(P型かM型か)をよく見極めた上で時と場合に応じて両機能(両軸)の上で最適なリーダーシップを選択(PM型=PにもMにも強く、かつ

バランス良く)しなければなりません。

 

2.PとMは人間の両面、理性と感情も人間の両面

 

 筆者自身は上司としてPm型を押し通してきてしまい、部下の心情への配慮(Maintenance)を欠く場面が多く、多くの部下に心理的な負荷を与え続けたものと反省しています。そうした負荷に耐え切れずに組織から離脱して行った部下もいます。

 

 Performanceは理性や論理性を重んじ、Maintenanceは感情や情緒性を重んじることです。両者はいずれも人間性の両面であり、優劣の問題ではありません。経済性や効率性を追及するあまり、P型偏重に陥れば、成果は出ても組織は維持できません。

 

 自分のリーダーシップのタイプがP型またはM型に偏っていないかをよく自己認識し、かつ部下自身がPerformanceを重んじるのか、Maintenanceを重んじるのかをよく見極めた上で、問題の性質や状況に応じてリーダーシップを発揮すべきです。

 

3.下事に通じるより下情に通じる_日常的な部下メンテナンス

 

 部下に任せた仕事の進捗がどうなっているかは上司なら誰でも気になると思いますが、進捗が思わしくない場合は、部下がどのような心情で仕事をしているかにもっと気を配る(「下事に通じるより下情に通じる」)ほうが良いかも知れません。

 

 部下仕事の進捗が思わしくないときは、部下が「サボっているのか、困っているのか」という見極めが重要です。部下がサボっているときは叱咤激励すれば良いかも知れませんが、どうしようもなく困っているときは逆効果である場合が多いと思います。

 

 また、ふだんから部下のことを「気にかけ、目をかけ、声をかけ」ることは上司として最低限必要な習慣でしょう。部下がどのような心情で仕事をしているか、困ったり悩んだりしていないか、部下が笑顔で返せるような声かけが必要です。

 

<追記事項>トップリーダーに最後に問われるのは人格

 

1.「理」「情」「信」がリーダーシップの三要素

 

 「地位は人を育てる」と言いますが、組織や企業が人間的・社会的な目的の達成や価値の実現のための協働体であるかぎり、多くの構成員の理解と信頼と協力を引き出すべき地位にある人に、人間的・社会的な「高み」が求められるのは、いわば当然です。

 

 ところで人間は誰しも、個としての自分を超える価値や存在に対してなら、自ら進んで参画し、貢献したいと思うでしょうから、組織や企業も、それを率いるリーダーも、そうした価値を具現化する存在でなければ、多数の人から理解・信頼・協力を引き出すことはできません。

 

 そうした価値の根本のものは、「理」「情」「信」の三要素に還元できると、筆者は思います。「理」とは「論理(なぜそうかということ)」「真理(何が正しいかということ)」「倫理(人としてどうすべきかということ)」の「理」です。

 

 「情」とは、「下事よりも下情に通じる」の「情」です。そこで働く人たちが、どんな気持ち(心情)で働いているか、ということに対するImagination(気づき)でありConsideration(思いやり)です。「信」とは、組織や企業やそのリーダーの「信念」であり、それらへの「信頼」です。

 

2.最後は「人格」

 

  筆者は「人事」という職業がら、多くの優れた経営者と身近に接する機会に恵まれ、彼らの人格性の高さに学ぶことが多くありました。やはり組織や企業が擁する人々が多ければ多いほど、人格的な高さを感じさせる指導者が多かったように思います。

 

 もちろん中にはパーソナリティーの偏りを感じさせる中小企業のオーナーや、業績の拡大に抜群の功績を残したものの、醜聞や不祥事で晩節を汚す結果に終わった大企業の経営者の姿も目にすることがありましたが。

 

 それでも多くのトップマネジメントは、トップマネジメントという職業そのものを通じて日々日常的に自らの思想を深め、人格を高めている姿勢の人々であるように思います。功を成し、名を遂げてもなお、結局「最後は人格」がものを言う世界だと思います。

 

  「人格性」という言葉には「道徳性」という意味が含まれますが、それは必ずしも「品行方正」を意味するのではなく、その人が何に最も高く重い価値を置き、日常的・現実的・具体的な言動や態度がそれに基づいたものであるかということです。

 

3.リーダーの「人格」が組織の盛衰をきめる

 

 それは結局、ひとりの労働者であろうが経営者であろうが、人間としてこの世に生まれてきた以上、自らの「人格性」を高めること(それと同時に人「類」の幸福に貢献すること)こそが、根本的な「価値」であると考えることに共通しているように思います。

  

 組織管理の基本要素に「義」と「法」と「和」を加えても良いかも知れません。「義」は「正義」の「義」であり、「法」とは、いわゆる「法の支配(恣意的な権力行使を許さない)」の意味であり、「和」とは、す。内に対しても外に対しても、「平和」と「和解」をもって対することです。

 

     元経団連会長の土光敏夫氏の言葉(「経営の行動指針」産能大学出版社)に「リーダーとはいちばん辛い人だ」という言葉があります。どのような組織において、最も忙しい人、最も辛い人は「リーダー」であって、「メンバー」であってはなりません。

 

 筆者は企業の人事管理を通じて「人格的に尊敬できるトップリーダー」との出合いも、そうでない出会いも少なくありません。人格的修養は、「自分で気付いて改める」以外にはないので、最後に失脚するトップリーダーとは、要するに「最後に気付く人」なのかも知れません。

 

 国家であれ、企業であれ、組織であれ、トップリーダーは、「人格者」でなければならないと思います。そうでない人が専制や圧政を行えば、権力を腐敗させるのは勿論のこと、気付かないうちに人民をも腐敗させ、国家や企業や組織を崩壊に導きます。