20180505_働き方改革も裁量労働も…

 

 「労務に服して賃金を得る」のが現代社会の典型的な「働き方」のひとつ(資本のもとでの賃労働)です。こうした「働き方」そのものを改革しない限り、せっかくの「働き方改革」も「残業が減って賃金が減る」結果にしかならないでしょう。

 

 しかし、「労務に服して賃金を得る」という「働き方」においても、不断の努力によって自己の「裁量性」や「プロフェッショナル性」を高めることができるはずであり、その延長線上にしか主体的な意味での「働き方改革」はあり得ないのです。

 

1.「労務に服して賃金を得る」人たちにとっての「働き方改革」の意味

 

 「労務に服して賃金を得る」ことにとどまったまま「働き方改革」を図ることに、いったいどんな意味があるのでしょう。例えば労働時間や労働日数を減らしたり、在宅勤務や複数勤務にしても、本質的な「働き方」は変わりません。

 

 政府がいくらそれを推奨しても、多くの「働く人たち」にとっては、「働き方改革」は「多少の労働時間の増減とそれに相応する賃金の増減」(「残業が減って給料が減った」)

以外の意味をもたらさないでしょう。

 

 「働き方改革」を言うなら、それは「働く人たち」自身が「労務に服して賃金を得る」という「働き方」そのものを「常に超えようとする努力と成果」以外にはなく、そうでないと「残業と給料を減らされただけで終わる」でしょう。

 

2.「労務に服して賃金を得る」人たちの「裁量性」とは何か?

 

 自分で患者の診療を制限できる権限でもない限り、少なくとも病院の勤務医に「裁量労働制」は適用されないでしょう。したがって少なくとも病院の勤務医に、他の労働者と同様に 「時間外労働の上限規制」が適用されるのは当然だと思います。

 

 ある全国的な病院団体のトップが「医師とトラックの運転手を一緒にするな」と言いましたが、裁量性が低く時間外労働に法的な上限規制が必要だという点では、少なくとも病院の勤務医は「トラックの運転手と一緒」です。

 

 また「一定収入」以上の「高度プロフェッショナル労働者」には時間外労働の割増手当が不要でしょうか。例えば経験10年、年俸1800万円の病院勤務医に「割増手当が不要」だとは思えません。(最高裁判例のとおりです。)

 

3.時間外労働の上限規制や割増手当を免れるための論理ではなく…

 

 筆者は、ひとりでも多くの「働く人たち」に、その「裁量性」や「高度プロフェッショナル」としての専門性を高め、自ら不断の「働き方改革」を行ない、「労務に服して賃金を得る」ことを超えて行って欲しいと願っています。

 

 組織の一員として仕事をする場合でも「具体的な指示命令に基づいて仕事をする」レベルから「判断力を発揮しながら仕事をする」レベルへ、更に「リーダーシップを発揮しながら仕事をする」レベルに自らを成長させてほしい。

 

 そうしてやがては「組織や企業と対等の立場で仕事をする」までに自らを高めて欲しいと思います。「裁量性」や「プロフェッショナル性」を中途半端に「時間外労働の上限規制や割増手当」を免じる論理として使わせてはなりません。