1.マズローと言えば…
マズローと言えば「欲求五段階説」で、人事労務管理の議論の多くで紹介・引用されて来ており、勿論、本稿もその例外ではないのないのですが、筆者は少し違う観点で「欲求五段階説」を自分なりに読み解いています。
<「マズローの欲求五段階説」のイメージ>
⑤ 自己実現の欲求
④ 自尊の欲求
③ 親和の欲求
② 安全の欲求
① 生存の欲求
2.「自己」はむしろ「相互」ではないのか?
少なくとも社会的(類的)存在である人間にとって、その「生存」でさえ「自己」単独では成り立たず、「相互」以外には成り立たないと思います。まして「安全・親和・尊厳・実現」が「自己」でなく「相互」以外には成り立つはずがないと思います。
また、「親和」より「尊厳」が上位の欲求ではなく、「相互の尊厳を前提として相互の親和がある」と思います。つまり、「生存」「安全」の上に「親和と尊厳」の欲求があるのだと思います。
さらに、「実現」とは、単に「自己実現」を言うのではなく、「人間相互の実現」つまり、「人間的・社会的価値の実現」を言い、「人間的・社会的価値を実現すること(およびそのために成長すること)」こそが人間にとって最高位の欲求なのだと…。
そうすると、一般的に言われる「マズローの欲求五段階説」は、次のように読み替えられると思います。
第四段階の欲求:相互実現(人間的・社会的諸価値の実現)とそれに向けた成長への欲求
第三段階の欲求:相互尊厳および相互親和の欲求
第二段階の欲求:相互安全の欲求
第一段階の欲求:相互生存の欲求
3.組織の「人事労務管理」の視点からの「欲求五段階説」の読み取り方
(1)相互の生存や安全さえ維持できない組織は存続に値しない
極端な例でいえば「過労自殺」を生じてしまう組織や企業や職場は、もはや解体的な出直し(それこそ真の「リストラクション restruction」)以外には選択肢が無い、と少なくとも筆者は断じます。
(2)相互の親和と尊厳は組織や職場の存立要件
そもそも「組織」とは、何らかの人間的・社会的な目的の達成や価値の実現のために、さまざまな適性や能力を持つ人たちが協働する「場」であり、お互いの理解と協力なしには成り立たない「場」です。
さらにわれわれが「組織」ではなく「職場」と言う場合には、必ずしも経営合理性や目的合理性を徹底した「仕組み」を言うのでなく、そこで「共に生き、とも働く」という、もっと人間的・社会的な「場」の意味が込められているはずです。
そうした「場」が人間相互の「親和」と「尊厳」無しに成り立つはずがありません。「親和」や「尊厳」という価値の上にしか、組織的協働が成り立たず(理解も協力も得られず)持続的な「成果」や「効率」も得られないはずです。
(3)相互の目的の達成や価値の実現、それに向けた相互の成長こそ最大の動機付け
ドラッカーは「組織」を次のように定義しています。「共通の目的と価値」とは必ずしも経済的な価値だけではなく、例えば「平和」や「幸福」や「自由」という人間的・社会的な諸価値です。
組織とは…
① 共通の目的と価値へのコミットメントを必要とし、
② 組織とその成員が必要と機会に応じて適応し、成長し、
③ あらゆる仕事をこなす異なる技能と知識をもつ人たちから成り、
④ 自ら成し遂げるべきことを他の成員に受け入れてももらい、
⑤ 成果は常に外部にあって測定・評価・改善されなければならない
(「P.F.ドラッカー経営論集」(ダイヤモンド社)より)
人事労務管理(マネジメント)とは、組織や企業や職場に集う人間相互の生存や安全はもとより、相互の親和と尊厳のうえに、相互の目的や価値に向けた成長と協働をいかに多く豊かに引き出すかという考え方であり処し方です。
4.追記20201118_「自己実現」を「搾取の道具」にしないために…
ところでマズローがいう「自己実現」というのは、60歳以上の健全な人間の状態を言ったのだそうです。生存や安全さえ脅やかされ、親和や尊厳さえ危うい人間の状態に、自己実現を強いるなら、それはあまりにも虚偽と悪徳に満ちた搾取以外の何ものでもありません。
ではそもそも「人事労務マネジメント」は「搾取の道具」ではないのか…ものごとの二側面性(両刃の剣の戒め)から言えばそうなりうることはむしろ当然で、ではどのような価値の「軸」がそこにもう一本なければならないかという問題だと思います。
ある病院の創業者の「理念」は「すべては患者様のために」でした。実はその「価値」のもとに、長時間の不払労働が行われてきました。今では「患者満足&職員満足」と言い換えていただいてるようですが…。
特定社会保険労務士
河北 隆 事務所
〒270‐1753
千葉県印西市牧の木戸1-7-4
FAX 0476-47-3454
TEL 080-1361-1511