20180801_「組織的に」さえ仕事が出来ない?

  

1.「組織的に」仕事をするということ

 

 「組織的に」仕事をするということは、例えば「共通的な目的の達成や価値の実現にコミットする」「情報を共有し、合意を形成しながら仕事をする」…ということであって、そこには一定の訓練や経験や習慣が必要であるはずです。

 

2.「組織的に」仕事をすることの無駄と効率

 

 もちろん、「組織」には大いなる「無駄」があり、「同じ仕事なら独立すれば3倍出来る」という仕事もあります。「組織の効率を上げる」ことと「組織の無駄を省く」ことがほぼ同意義である側面もあります。

 

3.「組織的に」さえ仕事が出来ない人

 

 しかし、だからと言って「組織的に」仕事をすることの基本的な訓練も経ず、共通の目的や価値にコミットできるほどの実務経験もなく、情報の共有にも合意の形成にも協力せず、「独立・自営・専門」を標榜して人がいるとしたら、『要注意』です。

 

<追記事項_20180804>何のために「組織的な」無駄を克服してきたのか?

 

① 筆者自身は2018年3月でようやく「雇用関係(という組織関係)」を離れ、同年4月から「独立・自営・専門的な」活動をしています。その中で最も強く実感することのひとつは「時間」に関する自由度や効率性が格段に上がったことです。

 

② 例えば筆者自身は極端な「朝型勤務」で、在職中から「始業前にはその日の仕事が半分終わっている」状態でしたが、独立後は「一般人の始業時間前には7~8割方仕事が終わっている」状態になりました。

 

③ もちろん、仕事がら、「そこに実際に相手がいなければ成り立たない」仕事がむしろ「主体」ですが、その準備等は一般人の始業時間前に終えてしまっています。モバイルPCひとつで出来る仕事は、移動中でも待機中でも出来ます。

 

④ そうした「独立・自営・専門的な」者どうしで、ある「組織的な」事業を始めようとしているのですが、いまひとつ「上手く行かない」のは、せっかく「卒業」したはずの「組織的な」無駄を、再び無自覚に持ち込もうとする動きがむしろ主流だからです。

 

⑤ そればかりか「組織的な」仕事のしかた(たとえば情報共有や合意形成しながら仕事をするということ)自体の訓練や経験や習慣も身についていない(「卒業」さえしていない)レベルの動きさえあるということです。

 

⑥ これでは何のために今まで「組織的な」無駄を「克服」しようとしてきたのか、何のためにわざわざ独立後も再び「組織的な」活動をはじめようとしているのか、「さっぱりわからない」心境に陥っています。

 

⑦ しかしそれをさらに「克服」しない限り、イメージ通りの「独立・自営・専門的」かつ「組織的」な事業は成り立たないでしょう。しかしそれを強く進めようとすればするほど再び「独立・自営・専門的な」陥穽に落ちるような気もします。 

 

<追記事項_20180804>「組織内で」仕事をしようがしまいが…

 

 「組織内で」(組織に属して)仕事をする場合でも「組織外で」(組織を離れて)仕事をする場合でも、「組織的に」仕事をすることは必要であり重要です。例えば「共通的な目的の達成や価値の実現」「情報の共有と合意の形成」など…

 

 そして両者共通の根底にあるのは「人に対する(自己の、ではなく、相互の)尊厳と親和と協働」だろうと思います。それがなければ「組織内に」留まろうがどうしようが「仕事」自体が成り立たないのだと思います。