20180809_人に無理を強いない。

 

1.人に「無理」を強いてはならない。

 

 犯罪や刑罰、また家庭や学校でもない限り、通常の社会的関係において、人が「人に無理を強いる」ことは原則としてあってはならないと思います。知識や能力、感情や思考、選択や決定はそれぞれぞれ異なり、尊重されなければならないからです。

 

 まして自分が出来もしないことを人に「無理」強いするのは、自分の無能や怠慢や傲慢を自白しているのと同じです。自分は何もせず、自分の都合だけで、平然と人にものごとを強いるのは家庭や学校においてさえ(ましてや職場では)ご法度です。

 

2.それでも人の理解と協力が得られるか?

 

 「~であるべきだ。」という言い方は、自分に向けて言うべき言葉であっても人に向けて言うべき言葉ではないようにも思います。人の理解や協力は、その人にとって「無理」のない範囲で得られればそれで十分なのだろうと思います。

 

 仕事も組織も、人が人に強いる「無理」で成り立っているようでは長続きしません。マネジメントとは、人が人に「無理」を強いることではなく、人が人から「理解と協力」を「無理」なく引き出すことです。 

 

3.それでも人の成長は促進されるか?

 

 肉体の鍛錬も精神の修練も、ある程度の「無理」を自らに強いることです。お互い、そうやって育ち、強くなって来たはずです。他の事情から強いられる「無理」もあったかも知れませんが、他の人から強いられる「無理」ではなかったはずです。

 

 「無理」が過ぎたり、それが人から強いられるものである場合は、かえって肉体や精神を損ないます。マネジメントとは、人が人に「無理」を強いることではなく、人から「自己成長の動機付け」を「無理」なく引き出すことです。