20181107_管理とは組織の無駄を省くこと

 

1.「自分ひとりくらいやらなくても良い(集団的サボタージュ)」という心理

 

 

 例えば通勤途上の雑踏で見知らぬ人が突然昏倒したとき、自ら率先して救いの手を差し出す人の率は意外に低く、また、自分ひとりなら普段守っているルールやマナーも、友人などと一緒だとルーズになる傾向があることも経験知です。

 

 このことは「チームワーク」や「組織的協働」においても実は同じであって、一人ひとりの能力や意識は高くても、「チーム」や「組織」になると、それぞれの能力の高さや意識の高さを自己抑制する心理が働くものです。

 

 そうするといわゆる「チームワーク」も「組織効率」も、決して「1+1から2以上のものを生み出す」ことではなく、「ともすれば0.8+0.9になろうとする状態を、できる限り2.0に近付ける」努力であり、それが「管理」なのでしょう。

 

2.「自分でやったほうが良い」と思う上司の心理

 

 自らは率先してことを行わず、チームや組織になると能力や意識を自己抑制し、しかしそうかと言って他のメンバーが率先して能力の高さや意識の高さを発揮しようとしても必ずしもそれに全面的な理解・支持・協力を示すわけではない部下たち…。

 

 いわゆる「2・6・2の法則」は、上記のような部下たちが全体の6~8割を占める、という法則です。それでも上司は「自分でやったほうが良い」という気持ちを抑え、上記のような部下たちに、その能力や意識を自己抑制しないように働きかけるのが役割です。

 

 上司の主な役割は、必ずしも「部下が持っている以上の能力を引き出す」ことではなく、「部下が持っている能力を出し惜しみさせない(それに適合した内容や条件や方法の仕事をアサインし、支援する)」ことだと思います。

 

3.「組織的であるがゆえの無駄」と「組織的であるがゆえの効率」

 

 組織的に仕事を進めようとする以上、どうしてもコミュニケーションを基礎とする信頼関係を通じて広く理解と支持と協力を得なければなりません。しかしそのことが同時に組織的に仕事を進めようとするがゆえの無駄や非効率を生じます。

 

 例えば、①時間通りに開始・終了しない、②目的や論点が不明確、③資料を「読む」だけ、④意見を聞かない・言わない、⑤決定しない、しても履行・遵守されない…ような「会議」は「一見組織的に見えてそうではない」という無駄と非効率の象徴です。

 

 また、たとえば一人ひとりの仕事の仕方が相手かまわず自分本位や自分勝手で、そのアウトプットが他のメンバーにとっての有効なインプットになっていない、というのも「一見組織的に見えてそうではない」という無駄と非効率の象徴です。

 

 ドラッカーが言う通り、「何らかの目的の達成や価値の実現のために、お互いにコミットメントしあう」のが組織や企業です。しかし現実には管理職の仕事の大部分はそれ以前の無駄と非効率に注目し、それを防止・排除することであるようにも思います。