20190513_より本質的な働き方改革

<より良く(より人間らしく)働こうとすることの本質的意味>

 

1.人間の歴史は「より人間らしく」生きようとする人たちによって発展してきた。

 

 ① 思うに、人間社会の歴史は、人間による「より人間らしさ」の獲得よりと実現の歴史です。それぞれの時代のそれぞれの体制や構造に、あるいは順応し、あるいは抗いながら、それぞれに精いっぱい「より人間らしく」生きようとした人たちの歴史です。

 

 ② 何が「より人間らしい」かは、それぞれの時代に精いっぱい「より人間らしく」生きようとしたそれぞれの人間自身が知っており、それは必ずしも絶対的・一元的・理論的な真理のようなものではなく、もっと相対的・多元的・直感的なものであるように思います。

 

 ③ そして歴史上のそれぞれの時代に出現したそれぞれの体制や構造は、それぞれにおいて「より人間らしい」要素を、旧来のそれらに比較してより豊かに獲得し、実現しようとしたからこそ旧来の体制や構造を覆して出現し、存続しえたのだと思います。

 

 ④「資本制」という体制は「封建制」より「より人間らしい」体制だったからこそ、「賃労働」は「農奴制」より「より人間らしい」要素があったからこそ、旧来の体制や構造の中から、それを根底的に覆すものとして出現し、今日まで存続しえたのでしょう。

 

 ⑤ そして「資本制」も「賃労働」も「資本が人間に奉仕する」のでなく「人間が資本に奉仕する」という本質的に非人間的な要素を持ち、やがてはその体制や構造の中で「より人間らしく」生きようとする人たちの手によって克服されるべきです。

 

2.資本制や賃労働の中でも精いっぱい「より人間らしく」生きようとすること。

 

 ① 例えば「働き方改革」は、政府や労組や企業がそれぞれにどのような意味合いを込めようが込めまいが、それが「より人間らしい」働き方の獲得や実現を指向するものならば是であり、そうでないなら非です。

 

 ② 例えば過去の多くの「労働運動」はもっぱら「賃上げと時短」を獲得し実現して来ましたが、「賃上げと時短」が「より人間らしい」労働の全てではなく、「より人間らしい」働き方の獲得と実現こそが今後の最大の課題だろうと思います。

 

<より主体的に働くこと>

 従属的でも服従的でもなく、より内発的かつ主体的に働くこと。(そのためには働く側に相当の「知的資本の蓄積(=自立した「職業」としての知識や経験や能力の獲得)」が必要でしょう。

<より社会的に働くこと>

 そもそも企業は資本の増殖や利潤の獲得だけが唯一の目的でなく、それぞれの社会的・人間的な価値の実現こそが目的であるはずです。その実現にコミットした働き方になっているかどうかが問題です。

<より協働的に働くこと>

 他の人間を排除したり、争そうように働くことが「より人間らしい」働き方だとは誰も思わないでしょう。「お互いがより良く働けるように働く」働き方こそが「より人間的な働き方」であるはずです。

 

3.日常的な「働き方」の改革

  

 たとえ営利企業でも、ただただ「利益」だけが唯一無二の目的でも価値でもないはずです。特に例えば「病院」という事業にとって実現すべき価値は、例えば「地域住民の健康と安心」であるはずです。

 

 同様にそこで働く人たちにとっても、ただただ「労務に服して賃金を得る」ことだけが唯一無二の目的でも価値でもないはずで、病院で働く「喜び」は、患者さんやその家族の「喜び」や病院が実現しようとする「価値」と共通であるはずです。

 

 「労務に服して賃金を得る」という根本をそのままにした「働き方改革」は、一面で「非自立的な(より依属的な)働き方」や「働くことより休むことに動機付けられている(=働くこと自体に動機付けられていない)」人たちの「台頭」を招くような気がします。

 

4.「労務に服して賃金を得る」状態から「一歩脱する」こと以外に本質的な「働き方改革」は成り立たない。

 

 「働く」ということの本質的意味や意義は、それを通じて何らかの(それぞれの)人間的・社会的価値(例えば施設利用者の安全と安心)を実現することであり、またそれを通じて働く人たちの「自己実現」と「自己成長」を促進することであるはずです。

 

 そのことはしかし、「労務に服し賃金を得る」という「働き方」からは決して出て来ず、そこから一歩でも二歩でも脱すること以外には、真の(より本質的な)意味での「働く価値」も「働き方改革」も実現できないでしょう。

 

 ただしかし、ひとつの仕組みや枠組みの中であっても、そこから一歩でも二歩でも脱しようとする努力こそが、いずれはそこから脱する道につながるはずですので、そういう意味で昨今の「働き方改革」の「掛け声」は、必ずしもむなしく響くばかりではありません。

 

5.「労務に服して賃金を得る」働き方から脱するための「働き方」のポイント

 

1)「職業」指向か「組織」指向か?

 

 学校を出てすぐに就職(就社)した企業の中で「管理職」になったころから「将来は職業人として自立したい」という思いで、「組織における人事労務」よりも「職業としての人事労務」を指向し、いくつかの業種・業態を渡り歩いて辿り着いたのが筆者の現在です。

 

 「人事労務」に限らず、(たとえ「営業」であっても)「職業」としての自立性も無いままに、ただただ「組織」に依属するだけでは(したままでは)、おそらくより本質的な意味での「働き方改革」は成り立たないだろうというのが筆者の率直な思いです。

 

 もちろん「組織」内で栄達し、トップリーダーとして「働き方改革」を行うという指向性も否定しませんが、カルロス・ゴーン氏の例に見るように、少なくとも企業のトップマネジメントは、「職業」と言うより「任期付きの地位」であるべきもののようです。

 

2)自分の「職業」を「職業」として成り立たせるための知的資本の原初的蓄積を…

 

 医師や弁護士という「職業」でさえ、その資格だけでは自立的な「職業」には程遠く、少なくとも数年間の実務経験をふまえた問題解決力が備わってこそはじめて、「組織」に依属しない自立的な「職業」として成り立つはずです。

 

 では医師や弁護士でなければ「組織的な依属」を必要条件とせずに「職業的な自立」が成り立たないかと言えば全くそうではなく、多くの専門的国家資格を前提とする職業以外にも

それが成り立つ分野はもっと広いはずです。

 

 しかしそのためには、医師や弁護士などにおける数年間の実務経験に代わる、いわば「職業的自立に必要な(主に知的資本の)原初的な蓄積過程を、(たとえ企業との「組織的依属」関係の枠内にある中でも)自らに意識的に課す必要があるでしょう。

 

<主体的な「働き方改革」のチェックポイント>

□ 「分からない」「聞いてない」「指示がない」が口癖になっていないか?

□ 「出来ない理由や言い訳」でなく「出来る工夫や努力」をしているか?

□ 「仕事をすること」より「仕事を休むこと」を優先していないか?

□ 「仕事の目的」や「仕事の価値」を認識しているか?

□ 仕事を単なる「作業」に貶めていなか?

□ 仕事を通じて職業人・社会人として成長しているか?

□ 仕事へのモラール(意欲)やモチベーション(動機付け)を自ら維持しているか?

□ 心身の健康やワークライフバランスを自ら保っているか?

□ 職業人としての自立のために自己投資しているか?

□ 組織外・企業外の人たちとも進んで交流しているか?