20190523_組織からの自由_開業1周年に想う。

 

1.組織(のムダ)からの自由

 

 極論すれば「仕事が遅い人・出来ない人」に合わせるのが「組織」なのか、「仕事が早い人・出来る人」を支援・後押しするのが「組織」なのか、前者は常にトップランナーが離脱する二流の組織になってしまうでしょう。

 

 リーダーが何ら為すところ(判断と選択、組織への方向付け、動機付け)無く、下情も下事にも通じず、メンバーへの余計な手出し・口出し、一般的抽象的あるべき論を、しかも事が済んでから言うようでは、その存在はマイナスでしかないと筆者は思います。

 

 組織も企業も、何らかの人間的・社会的価値の実現を目的とし意義とし、それにコミットし合う人たちどうしの協働体であるはずです。組織や企業にただ依属し、まるで「働かないことに動機付けられたように見える人たち」の集合体ではないはずです。

 

2.組織への自由または組織による自由

 

 組織も企業も、その存在や存続が目的なのではなく、自ら選び取った人間的・社会的諸価値を、その諸活動を通じて実現することが目的です。リーダーもメンバーも、その諸活動にそれぞれの立場でコミットすることがリーダーシップでありメンバーシップです。

 

 組織や企業の指揮命令のもとに労務に服し、その対価として賃金を受け取ることが目的なのでは決してない。よしんばやむを得ずそれに服する一定の期間があったとしても、決してそれに甘んじることなく、自らの知的資本の原始的蓄積を強かに行うべきです。

 

 その結果として、自らその組織や企業のメンバーやリーダーとして留まるもよし、自ら単独で、また同志を募って自ら組織や企業を起こして、新たな価値の実現のための活動に身を投じるのも選択のひとつだと思います。