20210508_そのひと言があるかないか

 

 … コミュニケーションの良し悪しは、「そのひと言」(その場での「気付き」と「ひと言」)があるかないかだと思います。

 

1.「百の議論」より「そのひと言」が必要

 

 コミュニケーションの断絶に悩んでいる人も、パワハラ呼ばわりされて困っている人も、それを解くカギは要はコミュニケーションのとり方次第ですが、百の議論より必要なのことは、「そこでその『ひと言』があるかないか」だと思います。

 

 人間関係を取り持つものは「信頼関係」です。それは「日常的で双方向のコミュニケーション」を土台にしてこそ形成されます。その「コミュニケーション」は、「挨拶・返事・礼儀」です。例えば「ありがとう」のひと言が、「そこ」にあるかないかです。

 

 「挨拶・礼儀・返事」は、小学生1年生も社会人1年生も同じです。「ありがとう」のひと言もなく、「何やってんだ」「馬鹿jじゃないか」などと言うから。コミュニケーションは断絶され、パワハラ呼ばわりされるのです。

 

2.その場で「気付き」と「ひと言」があれば…

 

 大事なことは「そこ(その場)」で気付いて、その「ひと言」を言えるかどうかです。「そこ(その場)」で、誰の助けも無く、自分で気付いて、その「ひと言」を自分の口から自然に言えるかどうかです。

 

 そうした「気付き」と「ひと言」の習慣がある人や、少なくともそういう自覚がある人に対しては、ことさら何か「研修」のようなことも必要ないでしょうが、「問題」は、そうした「気付き」と「ひと言」の発想も習慣も無いように見える人にどうするかです。

 

 「一般的抽象的あるべき論」だけでは通じません。やはり「その場で一緒に気付く」ことが必要だと思います。その場を本人と共有し、そこで生じる感情と思考と選択を共有することだと思います。そしてその場に相応しい「ひと言」を一緒に発することだと思います。

 

<追記事項_20210615>

 

① その場で「気付き」と「ひと配慮」あれば…

 

 たとえば自動車の運転をしていて、横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいたら一旦停止することは当然の義務としても、「お先にどうぞ」とその場でたった一瞬の「譲り合い」や「待つ」ことができれば、どんなに事故も少なく、交通もスムーズになることでしょう。

 

② その場で「気付き」と「ひと手間」惜しまなければ…

 

 「相手が仕事をしやすいよう自分の仕事をする」ことが、「一緒に仕事をする」ことであり、「組織協働的に仕事をする」ことであると思います。それに気付かず、また気付いているのに自分の手間を惜しんで相手の手間を増やす人は多いと思います。

 

③ その場で一緒に気付いてあげるしかない…

 

 「気付くことは教えられるか?」は長い間、筆者の「悩みごと」でしたが、最近になってようやく、その瞬間・その場面・その状況で、どう感じ・思うか、言葉を交わしながら、一緒に気付き、一緒に「ひと配慮・ひと手間」を取る以外にないと、思うようになりました。

 

 まるで、母親が子供の手を引いて、言葉を交わしながら、目の前のひとつひとつにより良い気付きと選択をしていくのと、結局は同じです。たとえ企業の中、社会人・職業人どうしと言えども、その場で一緒に気付かないと気付けない、と思います。