働くことの目的と意義と価値

 

<前提>

 

 この稿ではひとまず、「働く」ということを、「仕事をする」ということと同じ意味で用います。また、「労働する」ということも、これらと同じ意味で用いることします。以下の

論考はいずれもその前提です。

 

1.「働く」ことの価値

 

 「働く」ことの価値は何でしょうか。つまり「労働」の価値とは何かという問いです。筆者は、人間にとって、「働く」ということは、何らかの人間的・社会的価値を実現することであると思います。

 

 つまり、「働く」ことの価値、「労働」の価値とは、それによって実現される何らかの人間的・社会的価値である、と思うのです。例えば「パンを作る」という仕事は、人間にとっての「生きる糧」そのものを直接的に作り出すという「仕事」です。

 

 その価値は、人間が「食べて生きる」ことそのものです。しかし、人間がとにかく生物的に「食べて生きる」だけなら別に「パン」でなくても良い。チューブに入った宇宙食でも良い。「パン」そのものに、もっと文化的・社会的な価値があるはずです。

 

 また、「人はパンのみにて生きるにあらず」です。例えば「平和・自由・幸福」という人間的・社会的価値は、「パン」とともに、人間や社会にとってかけがえのない価値です。そうした価値の実現のために、現に多くの人たちが働いています。

 

2.「働く」ことの価値は当然に金銭に置き換えることができるのか?

 

 「パン」という食べ物そのものの価値や、「パンを作る」という労働そのものの価値を、金銭的価値に置き換えることが、当然にできるのでしょうか。それができるとしたら、近代資本主義以降の商品経済と工場生産の中でこそようやくできるようになったのでしょう。

 

 つまり、商品経済のもとで「使用価値(効用価値)」と「交換価値」が分離してはじめて

「パン」という食べ物そのものの価値や、「パンを作る」という労働そのものの価値を、金銭的価値に置き換えることができるようになったに過ぎないのです。

 

 1個の「パン」の交換価値を、それに要した労働時間の交換価値に置きかえて、金銭的に評価する、ということは、近代資本主義以降の商品経済と工場生産の中でこそ可能となり妥当となったに過ぎないのです。

 

 それが人間にとって良いことだったかどうか…一片のパンも得られずに飢える人が圧倒的に少なくなったという意味では良いことだったが、パンを作る労働や労働者からは、実は「パンを作る」という人間的な意味合いの多くを奪い去ってしまったかもしれない…。

 

 つまり、近代的な工場生産の中でパンを作る労働者の労働の価値は、単にその労働者の労働力を1時間当たりいくらかの労賃で買い取っただけの価値に置き換えられてしまっており、パンを作るという文化や歴史や喜びはとっくに捨象されてしまっているでしょう…。

 

3.医療分野における労働の価値

 

 では、例えば筆者が関わっている医療の分野においては、患者や利用者の「健康や幸福」が目的価値でしょう。同時にそれは医師や看護職や技術職や補助職や事務職の労働の本質的な目的価値でしょう。

 

 それを、近代資本主義以降の商品経済と工場生産の中でようやく可能になった、パンやパンを作る労働と同じように金銭的な価値に置き換えることは、実はそう単純にはできないし、安易にそうしてはいけないことなのかも知れません。

 

4.労働の価値と報酬は必ずしも一致しない

 

 医療の分野における労働への報酬の主体は、医療従事者への労賃であり、その財源の主体は医療保険から拠出される診療報酬です。しかし、おそらくそれらは医療の分野における労働の価値(=患者・利用者の健康や幸福)とは、必ずしも一致も連動もしない。

 

 近代的な工場生産の中でパンを作る労働者たちと同じように、単にその労働者の労働力を1時間当たりいくらかの労賃で買い取っただけの価値に置き換えることが全てではないはずです。労働の価値も、労働への報酬も、1時間いくらかの労賃が全てではないはずです。

 

 医療分野の人事労務マネジメントの実務の観点から言えば、診療報酬が全てではなく、1時間いくらかの労賃が全てではありません。診療報酬はほぼ常に不完全・不十分であり、老労働の対価としての労賃は、ほぼ常に不完全・不十分です。

 

 医療に従事する労働者にとって、何が労働の価値なのかを、何が労働への報酬なのかを、もう一度しっかりと人事労務マネジメントの中核に据えなおして、「採用から退職までの人事労務マネジメント」を建て直すべきでしょう。

 

 <参考_14の労働価値_働く人たちにとっての「労働」の価値>

 

 ドナルド・E・スーパー(アメリカの心理学者&経営学者)氏は「仕事の重要性研究」の中で「働く価値」を14項目に整理しています。( )内は引用者の勝手な注釈です。

 

 ① 能力の活用  (自己有能感)

 ② 達成     (自己達成感)

 ③ 美的追求   (対象の完成)

 ④ 愛他性    (利他性)

 ⑤ 自律性    (自己管理)

 ⑥ 創造性    (独自性・独尊性)

 ⑦ 経済的報酬  (生活の安定、安心)

 ⑧ ライフスタイル(ワーク&ライフバランス、ライフの充実)

 ⑨ 身体的活動  (体を動かす快さ)

 ⑩ 社会的評価  (働く誇り)

 ⑪ 冒険性    (わくわく)

 ⑫ 社会的交流性 (親和性)

 ⑬ 多様性    (ワークのひろがり)

 ⑭ 環境     (働きやすさ)

 

<引用者コメント1>

 

☆ 上記に「⑮自己成長」を加えて考えてみてはどうでしょうか?

☆ 専門職か非専門職か、従属的な働き方かどうか、一定水準以上の報酬かどうか、仕事を

  する上での成長段階、生活(ライフ)に占める仕事(ワーク)の重み、によって「働く

  価値」は異なるでしょう。

 

 <引用者コメント2>

 

 少なくとも医療分野で働く人たちにとって、実際にはほぼ全ての働く人たちにとって、働く価値の全てが労賃に反映されているとは、到底納得できないことだろうと思います。いわば、「人は労賃のみにて働く(生きる)にあらず」です。

 

 しかし、だからと言って、労賃が「労働力の再生産に必要な最低限の水準(その日生きるにかつがつ水準)」にとどまって良いとも、働く価値を当然に下回って良く、剰余価値はただただ資本の自己増殖のために費やされて良い、とは誰も思わないでしょう。

 

 また多くの医療機関経営者にとっては、働く価値の全てが診療報酬(医業収入)に反映されているとは思えないでしょう。しかし、だからと言って、医療従事者への労賃の原資が診療報酬(医業収入)以外に見出せるわけではありません。

 

<引用者コメント3>

 

 たとえば医療機関において給与制度の再設計を行う場合には、「労働の価値」ということにもういちど立ち返って、①基本給与、②諸手当、③賞与、④退職金、⑤給与以外のベネフィット(福利厚生や環境整備への投資)という構成を再考すべきだと思います。

 

① 基本給与

  最低限の生計補償(労働力の再生産のために最低限必要な水準)という観点で

  医師・看護職・技術職・補助職・事務職としての職業・職務への報酬として

  当該医療機関の定常的な医業収入の適正配分として

② 諸手当

  基本給与が前提とした所定就業日数や所定終業時間数を超える就業への手当として

  各職種・職務の遂行に通常想定される程度を超える危険や負担への手当として

  住宅困窮者や子育て世帯への援助として

③ 賞与

  想定以上の収益を上げた場合の貢献度に応じた適正配分として

④ 退職金

  長期間にわたる医療事業への功労金として

  退職後の生計補償として

⑤ 給与以外のベネフィット

  安全衛生への費用・投資として

  福利厚生施策、モラールやコミュニケーションの向上施策への費用・投資として

  その他就業環境の向上のための費用・投資として

  社会保険への拠出として

 

⑥ そして、上記①~⑤をトータルに、医療事業における総額人件費として(さらに加えるなら人件費性のある業務委託費とトータルに)、総医業収入(支出)の中で適正割合となるようコントロールすることが必要です。