一番大事なことは自分で決める

 

… 悩んだとき、困ったとき、どうしようもなくなったときに、「信頼」できる人に相談すれば、良いアドバイスが得られることもあるだろうとは思うのですが、やはりお互いに「違う現実」から見た「参考意見」でしかないと思います。

 

 「評論家」というのは一種「不思議」な存在で、自らはその現実に直面し、もがき苦しみもせず、かと言って現にもがき苦しむ人の現実を見ようともせず、自分でやったこともない一般的で抽象的なあるべき論(「~すれば良い」)を言う人は「信頼」に足りません。

 

 「評論家」に聴くより「経験者」に聴くことのほうが良いことが多いだろうとは思いますが、どうしても「過去の手柄話」になりがちで、都合の良い事実も都合の悪い事実もずいぶんと「捨象」されてしまっているようにも思えます。

 

 しかし、そもそも自分自身の悩み事や困り事を、その現実を知らない他人の意見で何とかしようということ自体が「問題」なのであって、やはり自分自身がかかえる現実との悪戦苦闘と四苦八苦と難行苦行を通じてしか「解」は析出されないのだろうと思います。

 

 「私が唯一、人に自慢できることがあるとしたら、それは私自身があれにもこれにも死ぬほどもがき苦しんだということです。」「考えることは悩むこと、書くことは苦しむこと」

というのは、太宰治の言葉(趣旨)です。