20210106_人事は「人(ひと)」ごと

 

 ロッキード事件で知られた元東京地検の堀田勉氏の著書の中に「人事はひとごと(他人事)」という趣旨の一節があったのを今でも覚えていますが、もちろんそれは法務省の人事に携わった堀田氏なりの責任感を真摯に語られたものだと思います。

 

 筆者がここでいう「人事は人(ひと)ごと」というのは、そうした意味ではなく、「人事マネジメントの対象は、ひとりひとりの、かけがえのない、人間としての人である」という意味です。

 

 企業や事業の経営資源は「人・モノ・カネ・情報・時間」であり、それらに対するマネジメント(最適活用、簡単に言うと「やり繰り算段」)が経営マネジメントだと言えると思うのですが、やはり、その中での「人」のマネジメントは他とは格段に別次元です。

 

 人事マネジメントは、要するに「人(とその組織)に働きかけて仕事をする」ことだと言えますが、その対象が「ひとりひとりの、かけがえのない、人間としての人である」ということの重さや深さや貴さは、何よりも尊重されなければならないと思います。

 

ア)それぞれに「こころ」を持ったひとりひとりの「人(ひと)」であるということ…

 

… 「人」は「こころとからだ」の存在ですが、「こころ」は「からだ」より傷つき易く、見えにくいものです。「こころ」は、静かな森の中にある湖の水面のようなもので、ほんのちょっとした出来事でさざ波を立ててしまいます。

 

 人事マネジメントは「人(とその組織)に働きかけて仕事をする」ことですので、その「働きかけ」は相手の「こころ」に影響や圧力を与えずにはおかず、相手の「こころ」にストレスを生じ、その処理を怠るとメンタル上の問題を生じることもあります。

 

 人事マネジメントは人の「こころ」にプラスに働きかけて、その人の仕事への興味や関心や意欲や成長を引き出すのが本来の機能なのですが、相手の「こころ」の状態によってはそれが必ずしもいい結果を生まないところに難しさがあるのです。

 

 人事マネジメントはそうした「両刃の剣」として、かけがえのない、傷つきやすく、折れやすい、「モノ」でも「材」でも、単なる「財」でもない、それぞれに「こころ」を持った人間への「働きかけ」であるということだけは肝に銘じたいと思います。

 

*追記事項(1)

 

 …人の言動や選択は、生来の「気質」よりは、幼児期に受けた周囲からの扱いに対する「生来の気質」に基づく自然な「反応」と、その「反応」に対する周囲からの扱いを通じて「学習」された性格やパーソナリティーによってより強く規定されるように思います。

 

 それぞれ一人ひとりの、時として理知的であるよりは感情的な、また合理的であるよりは不合理でさえある言動や態度や判断や選択の特徴は、上記のような「学習」によって得られた性格やパーソナリティーによるものだろうと思います。

 

 人事マネジメントの、「人」に働きかけは、そうした気質や性格やパーソナリティーに対する理解と受容なくしては、おそらく成り立たず、さらに言えば、下記ウ)のような他の諸個人との「関係性」を視野に入れなければ成り立たないだろうと思います。

 

*追記事項(2)

 

 アンビバレンツな、と言うのでしょうか。人のこころの中には常に相矛盾する2つ以上の

衝動感や価値観があり、人はその時々の諸状況や諸状態に応じた、場合によっては理知的で論理的な、場合によっては感情的で非合理な選択を行っているのだと思います。

 

 人事マネジメントにおける人の「こころ」への働きかけとして、特に例えばコーチング的およびカウンセリング的な働きかけにおいて、このアンビバレンツな状態への適正な認識と働きかけが必要だろうと思います。

 

イ)「論理」や「合理性」だけではない「感情」や「不合理」の存在であるということ…

 

 また、人間は「論理」だけで動く存在ではなく、さまざまな「感情」によって動くものです。そこには凄まじいほどの自己保全欲求や自己尊厳欲求が横たわっているかもしれませんし、穏やかな相互親和欲求が横たわってるかも知れません。

 

 さらに言えば、「合理的」に動くとも限らず(行動や態度の判断・選択において「合理性」が全てではない)、「不合理」に動く場合も多く、自己制御さえ難しい場合もあるのですから、単純に論理的で合理的な人事マネジメントが全てに通用するわけではありません。

 

ウ)お互いに「関係し合う」社会的存在であるということ…

 

 そして言うまでもなく人間は「社会的存在」であって、他の人間との関係においてはじめて存在し、例えば「たったひとりで良い仕事をする」ということ自体が、よほどの天才的独創家であったとしてもあり得ないほどなのです。

 

 人事マネジメントは、個々の「人(人間諸個人)」に働きかけるのみならず、「人間諸個人の関係体たる組織」に働きかける、いわば「人と人の間(あいだ)に働きかける」という視点が必要だろうと思います。

 

<続く>