20190812_人格への非難は思考の怠慢

 

 批評家が公人の人格をまるで否定せんばかりに悪罵するのは聞く(読む)に堪えない。人間の言動や態度、判断や選択は確かに人格的要素ではあり、公人のそれは非難の対象にもなりえても、その人格の全面的な否定にまで及ぶのは、そうする側の怠慢であり傲慢だ。

 

 公人として最も非難にさらされ易い歴代の総理大臣でさえ、(安倍首相や東条首相でさえ)、その判断や選択、その背景にあるであろう思考や思想は、非難にさらされる人格的要素のひとつではありえても人格そのものや人格全体ではありえない。

 

 先人の苦渋の判断や選択を後世が非難するのはたやすい。あまりにたやすくて、思わず自分の思考を停止してしまいそうになる。しかしいくつかを知ったからと言って全体を知ったかのよう非難するのは無知・傲慢・怠慢、(いわゆる「思考のケチ」)だと思う。