20181126_公のこころ、私のこころ

 

 同じ経営者でも、稲盛和夫氏からは「私心を去る」という言葉が出て来ても、カルロス・ゴーン氏からは出て来ない。西郷隆盛も夏目漱石も、日本人が好きな偉人の多くはほぼ口を揃えて「私心を去る」ことの大切さを説いています。

 

 人それぞれが「私心」の欲するところに従って自らの行動や態度を選択すればするほど、繁栄や調和がもたらされるというのは全くの幻想であって、現実にもたらされたのはまるで自然現象(または神罰?)のような恐慌と戦争であったことは歴史の事実です。

 

 たとえば「自由・平和・幸福」は、ほとんど万民にとって至高の価値であるはずで、ある人の「自由・平和・幸福」が他の人の「自由・平和・幸福」を犠牲にしては決して成り立たないという意味において真に人間的・社会的な価値であるはずです。

 

 しかしその足元の「経済的な豊かさ」については、中国共産党の偉大な指導者でさえ、「豊かになれる人から順に豊かになればいい」と言わざるを得ないほど、未だに人間は「利己」以上に強い動機付け要因を見い出せず、貧富の差を克服出来ないでいます。