2020324_理念と現実との間で…

 

1.ただ理念を唱えることでなく、そうはさせない現実との間でたたかうことこそ…

 

 例えば「平和」という理念は、例えば小学生の作文が最もピュアにそれを語ることができるように思います。「一人ひとりが『人と争う』という気持ちを捨てることこそが平和つながる。」という言葉以上に雄弁な言葉はないと思います。

 

 また「幸福」という理念について言えば、「幸福を追求する、ということは、相手や他人の幸福が同時に自分の幸福であるような幸福を追求することだ。」という言葉以上には、筆者自身、未だ何も見出しえていません。

 

 一方で、「戦争によってしか平和が達成できない。」という認識は、人間の歴史や現実に即して見ればその通りであって、たとえ「戦争」という言葉を「圧倒的な戦力(武力)」という言葉に置き換えてみても同じことです。

 

 わが日本国憲法の「平和」の理念が、「戦争を放棄し、戦力を保持しないことを通じて国際平和を実現する」という理念であるとしたら、それは崇高な理念ではあるけれど、おそらく人類史上一度たりとも現実にはならなかった、という意味での理念でしょう。

 

 「一人ひとりの自由な幸福追求権」という理念も、「一人ひとり」が「自己の…」という意味を超えて「相互の…」という意味に達しない限り、いつまでたっても差別や貧困さえ克服できないだろうと思います。

 

 平和や幸福や自由という理念を唱え、掲げるのは良いことですが、歴史や現実はそれをおいそれとは実現させない要素に満ち溢れています。歴史的・現実的な努力の99%以上は、それを唱え、掲げることよりも、それをひとつでも克ち取ることに費やされたはずです。

 

2.一般的抽象的あるべき論より、「では現実的にどうするか?」ということにこそ…

 

 人事労務マネジメントの分野においても同じで、人事労務マネジメントの実務を担う人なら誰でも「一般的抽象的あるべき論」より、それをその通りさせない現実との間で四苦八苦・試行錯誤・悪戦苦闘し、「では現実的にどうするか?」を聴きたいはずです。

 

 「法律ではこうなっています。」としか言えない「専門家」を時々見かけますし、現実や現場から遊離して、「~すべきだ。」と言い放って済ませる「評論家」を時々見かけますが、両者とも残念ながら議論は合いません。

 

 これだけインターネット上の情報が氾濫している時代に、見れば判るような「あるべき論」を振りかざすだけでは何の「解」にもなりません。もし情報としての価値があるとしたら、その人がどのように現実と格闘して「あるべき状態」を実現したかです。