20170909_頭を使い、足を使い、気を使う

 

1.頭を使う

 

 学校では知識の量が評価されたかも知れませんが、企業の実務では知識の量というよりは、経験を通じて得られた見識の豊かさや深さや高さが評価されます。また、ものごとに対する思慮の深さや、相手や周囲の人たちに対する配慮の有無が問われます。

 

 マニュアル通りにやれば全て上手く行くほど現場の仕事は単純ではありません。相手が生身の人間であればなおさら、仕事だから、組織だからといって人間として感じ、思い、考え、行うことを停止したり放棄してしまっては、仕事本来の意義を見失うことでしょう。

 

2.足を使う

 

 電話やメールでは伝わらない、フェース・ツー・フェースの直接対話でしか伝わらないことはたくさんあるはずです。大事なことや複雑なことは、相手のところに足を運んで、相手の表情や反応を見ながら、会話的に伝えることが必要です。

 

 また、仕事は現場で行われ、問題は机上ではなく、現場で起きています。会議をしていても問題は解決しません。自分の手間を惜しまず、現場に足を運んで感じ、、思い、考え、行うことが解決につながります。

 

3.気を使う

 

 仕事をする上で大切な「3つのC」は、Communication、Cooperation、Considerationです。人の立場や事情や感情への気付きや配慮を欠いては、上手なコミュニケーションも、それに基づく組織的協働も成り立ちません。

 

 「気が付く」か、「気が利く」かどうかは多分に「資質」の問題ですが、より大事なことはそれへの自己認識であり、また相手やものごとへのRespectやImaginationやConsiderationの習慣化です。それらをどれだけより良いBehaviorにつなげてるかということです。

 

<追記事項:「気が付く」ことや「気が利く」ことは教えられるか?>

 

 職場の中には「何事にも良く気がつく人・気が利く人」とそうでない人がいます。組織的な協働を行う上でどちらが歓迎されるかは明らかです。では「気が付く」ことや「気が利く」ことは、企業や職場の「教育」や「指導」で「何とかなる」でしょうか?

 

 「気が付く」ことや「気が利く」ことは、多分に「幼児期に形成された人格的な原型」の問題のように筆者には思えますが、それを企業や職場の「教育」や「指導」で「何とかする」ためには、その人自身の自己認識、そのために周囲の人のフィードバックが必要です。

 

 中には「気が付いているが行動や態度にあらわさない」人がいます。「気を利かせて何かをすることをしない」人がいます。そういう人には具体的な場面場面で注意を喚起し、行動を後押ししてあげる以外にはないように思います。