20200823_多忙は多くを失う

 

1.今人おおむね口に多忙を説く

 

今人おおむね口に多忙を説く 

その為す所を視るに、実事を整頓するもの十に一二、 

閑事を料理するもの十に八、九、 

 

又閑事を認めて以って実事と為す。 

宜(むべ)なりその多忙なるや 

志有る者、誤りてこの窠(か)を踏むことなかれ。 

 

 これは「佐藤一斎一日一語」(致知出版社)からの引用です。「忙しい」と言う言い訳をするときほど、ものごとの本質も緩急軽重もわきまえず、どうでもいいことや無駄なこと(閑事)に時間を費し、肝心なこと(実事)を後回しにしてしまいがちです。 

 

 誰でも常に一日は24時間しかありません。時間は「有るか無いか」ではなく「どう使うか」です。「忙しい」という言葉は、閑事(やらなくても良いこと)をしない口実にしても良いが、実事(やるべきこと)を怠る言い訳にしてはならない、と筆者は自戒します。 

 

 「今ちょっと忙しいから・・・」という言葉は、多忙な母親が子供に言うような言葉であり、うるさい相手を一時的に遠ざける便法のような言葉ですが、意外に仕事のやりとりの中で頻繁に使われているような気もします。 

 

2.「多忙」は「多くを失う」

 

 これは筆者自身が病院の「人事コンサル」の業務を通じて得た感懐です。「人事コンサル」を外注するほどの病院なので、とても「多忙」な病院が多いのですが、その実態は、と見るにつけ、上記の「今人おおむね口に多忙を説く」に共感を覚えます。

 

 いや、それだけならまだ良いほうかも知れません。筆者の目には「多忙」な人たちは文字通り「多くを亡くしている(失っている)」ように見えます。

 

① 多忙な人ほど時間を失う。

 

 … これは当然なのかも知れませんが、筆者が「多忙」な人とアポをとろうとすると、それだけでそれが筆者にとっても本人にとっても、一定以上の時間を費やすひとつの「仕事」になってしまいます。

 

② 多忙な人ほど機会を失う。

 

 … そうするとますます、本来の「仕事」に費やす時間が削られ、多くの価値を生み出すべき時間が失われてしまいます。きちんと目標を立て、その実現に向けてPDCAするという当たり前のマネジメントサイクルも失われているかも知れません。

 

③ 多忙な人ほど人を失う。

 

 … いつも「忙しい」ので(より正確に言うといつも「忙しそうにしているので」)当方もついつい「疎遠」になってしまいます。「ああ、こうしてこの人からは人が去っていくのだなあ」と思います。

 

<時間が自分をコントロールするのでなく、自分が時間をコントロールする>

 

… 筆者の見るところ、「忙しい」と言う人は概ね「自分の時間を自分でコントロールできない人」が多いような気がします。1時間の面談の途中に数回の割り込みが入るのが当たり前のようです。結局その面談は「もう一度」になりました…。

 

 電子メールで仕事をする習慣(よほど緊急か、込み入った相談事でなければ、電話では仕事をしない習慣)が無い人も、たいてい「忙しい」と言いながら時間を失ってしまっています。