20200903_肯定思考と否定思考(全ては肯定に値する)

 

1.ある日の会話

 

 「おはようございます!」

 「もう昼前だよ!!」

 

 「**さんって素晴らしいですよね!!」

 「でもちょっと**なところがあるね。」

 

 「今度**してみたいんだけど…」

 「それなら**するほうが良いよ。」

 

 …いずれも相手の「肯定話法」にわざわざ「否定話法」で返そうとしているように見えます。…しかし、我々は日常気付かないうちに、実はこうした「否定話法」で話してしまってはいないでしょうか?

 

2.肯定的受容と積極的傾聴_新人は既に知っている。

 

 「コミュニケーションで一番大切なことは何だと思う?」と新人向けのセミナーで聴いたら、「先ず聴く」「相手の目を見て聴く(話す)。」「思いやり…」いずれも期待以上の答えが返ってきました。

 

 いつも思うのですが、我々が新人セミナーで伝えようとすることのほとんどは「新人は既に知っている」(少なくとも既に気付いている)」ということで、講師が行うべきことは、せめてそれらを肯定的に聴き出して、言語化して、共有化することでしょう。

 

 「肯定的受容と積極的傾聴」はあらゆるコミュニケ―ションの「第一要諦」だと、筆者も思いますし、「対人関係」においても、「対人的なマネジメント」においても同じく「第一要諦」だと思います。

 

 ・いついかなる場合でも、部下からの声がけ・話しかけを無条件で歓迎する。

 ・たとえ不合理な言い分、感情的な言い方であっても一旦受け入れる。

 ・「言っていること」より「言いたいこと(伝えたいこと)」を重んじる。

 

 そういうことをせずに「報告・連絡・相談」を求めても「無理強い」でしょう。その程度のことは新人が既に知っています。(上司が気付いていないだけかも知れません。)

 

3.人間は既に知っている…

 

 上記は「新人は既に知っている(気付いている)」の例です。もちろん、新人だから「まだ知らないこと」も「まだ気付かないこと」も多いのでしょうが、「新人は既に知っている(気付いている)」という前提でセミナーを行うほうが良いように思います。

 

 話は大きく飛躍してしまいますが、筆者がつくづく思うのは、(何が人間的であるかは)「人間は既に知っている」ということであり、それが「人間の天性」であり、人間の歴史はその実現の歴史だということです。(参考コラム「人間の天性_人間は既に知っている。」

 

 また、筆者自身は、先賢に学ぶこと、特に歴史上の思想家や実践家の言葉に学ぶことがほんとうに多いと思うのですが、先天的にも後天的(歴史的)にも、「人間は既に知っている」のだと思います。

 

 たとえ人の生死にかかわることであっても(それに関する思いや悩みであっても)…実は、肯定的に受容し、積極的に傾聴すれば(否定を一切せず、耳を澄ませば)「人間は既に知っている」(実は「本人自身が既に知っている」)のだと思います。