20210317_コミュニケーションのとり方

 

… やや「長編」ですが、組織協働的に働くうえでの、ともに働く人たちどうしの、「日常的で円滑なコミュニケーションのとり方」についての、現時点での筆者の考えをとりまとめておきたいと思います。

 

 「日常的で円滑なコミュニケーションのとり方」は「良好な人間関係と信頼関係づくり」に通じ、さらに「より良い(働きやすく働きがいのある)組織づくり」にも通じるはずですので、ぜひご一読ください。

 

01.コミュニケーションのあり方は人間関係や組織のあり方そのものである。

 

 「組織」と言ってもそこに「組織」そのものが実在するわけではありません。そこに実在するのは、あくまで人間諸個人とその関係です。何らかの目的や価値を共有し、実現しようとする人間諸個人と、そのために相互に取り結ぶ協働関係です。

 

 その組織が「どのような組織か?」は、その組織に属する人たちによって、日常的に、どのようなコミュニケーションが行われているかをよく観察すれば判ります。それによって、どのような人間関係・信頼関係・協働関係が成り立っているか、いないかということです。

 

 新型コロナ禍に対して医療機関やその職員が厳しい対応を迫られる中で、コミュニケーションの物理的な機会自体は大きな制約を迫られるかも知れませんが、その質は新型コロナ禍の前よりもかえって向上・強化された例が多く見られます。

 

 医療機関の経営や組織にとって、新型コロナ禍は大きな津波のようなものだと思いますが、改めてコミュニケーションのあり方やとり方を見直す機会でもあり、医療機関の経営や組織が新型コロナの波に負けない土台と構造と体質を強化する機会でもあると思います。

 

02.コミュニケーションのあり方・とり方を変えることは組織を変えること

 

 ① 組織の問題の多くはコミュニケーションの問題

 … 組織が抱える問題の多くはコミュニケーションの問題に起因します。組織運営が上手

 く行かない原因の多くはコミュニケーションが上手く行かないからです。そこにあるべき

 人間関係・信頼関係・協働関係が成り立っていない、機能していないからです。

 

  ですから、組織や職場をより良くしよう(もっと働きがいのある、もっと働きやすい組

 織や職場にしよう)とするなら、先ずは、組織や職場の日常的なコミュニケーションのあ

 り方・とり方を振り返り、その改善のためのアクションを起こす必要があります。

 

 ② コミュニケーションの改善は自分と自分の身の周りから

 … だからといってコミュニケーションの改善ために、何か特別な(ただでさえ「忙しい

 」今現在以上に何か特別な負担や時間が必要な)講座や技法や制度や訓練が不可欠である

 とは、筆者は思いませんし、また、それで十分だとも、筆者は思いません。

 

  例えばそれは組織のトップとリーダーとメンバーが、自分と自分の身の回りで、日常的

 な何気ないモノの聴き方や言い方・伝え方を、今すぐにでもほんの少しでも「変える」こ

 によって変わり、それを「習慣」化することによって「変わる」のです。

 

  もちろん、自分たちの組織や職場の問題は自分たち自身の問題であり、その多くは自分

 達自身の日常的なコミュニケーションのあり方・とり方の問題であり、それは自分たち自

 身の「習慣」を変えることで解決可能であるということへのコンセンサスが前提です。

 

  そうしたコンセンサスのもとに、トップとリーダーとメンバーが、自分とその身の回り

 において、コミュニケーションのあり方・とり方を見直し、コミュニケ―ションを促進す

 る要素で満たし、目的観や価値観や使命感をより広く・深く共有し合うことです。

 

 ③ 「不満」の噴出や「やりがい搾取」の批判に負けない。

 … もちろん、コミュニケーションの問題だけが、組織や職場の問題の全てではないでし

 ょう。コミュニケーションという箱を開けたとたん、さまざまな「不満」があふれ出すか

 もしれません。

 

  組織や職場のさまざまな「不満」が「意欲」を圧倒しているような状態なら、「衛生要

 因(働く人たちの身体的・物理的環境)」の不備が「動機付け要因(働く人たちのやる

 気)」を阻害しているような状態なら、その改善が同時に必要でしょう。

 

  そうでないと「コミュニケーションの改善」は、ただの「掛け声」運動や「精神」主義

 にに脱してしまうかも知れません。「旧日本軍のような精神主義だ」「やりがい搾取だ」

 という批判に負けてしまうかも知れません。

 

04.コミュニケーションの促進要素と阻害要素

 

 コミュニケーションを良くしようと思うなら、「何がコミュニケーションを促進し、逆に阻害するか」を良く知るべきです。そして自分自身とその身の回りに、コミュニケーションを促進する要素をひとつでも多く、阻害する要素をひとつでも少なくすることです。

 

 どんな研修を行っても「知識」だけで終わっては意味がありません。下記のようなコミュニケーション促進要素の中から、ひとつでもふたつでも今この瞬間から「行う」ことを始めること、そしてやがてそれを自分や周囲の「習慣」にすることのほうが大事です。

 

<先ず聴く>「言う」要素より、「聴く」要素を多く(口はひとつ、耳はふたつ)

 

 ① 肯定的受容

  先ずは相手の言うことを一方的に忌避したり否定したりせず、また途中で遮らず、最後

  までしっかり聴き、理解する」ことです。こうした「肯定的受容」がコミュニケーショ

  ンを促進し、「否定・遮断・無視」がコミュニケーションを阻害します。

 

 ② 能動的傾聴

  相手に健全な興味や関心を持ち、相手と対話しながら、「?」や「!」をたくさん持っ

  て聴くことです。コミュニケーションを促進する前向きな質問や意見や感想があるはず

  です。「無関心・無感動・無反応」はコミュニケーションを阻害します。

 

 ③ 共感的傾聴

  話し手も聞き手も、お互いに自他の感情に気付き、受け止め、適切に対処することが

  必要です。論理性や合理性だけでなく相手の表情や口調や態度から、その感情を感知し

  理解することです。こうした共感性のなさはコミュニケーションを阻害します。

 

 ④ 想像的傾聴

  「相手が何を言っているか?」より「相手が何を言いたいか?」ということに思いを巡

  らせながら聴くことです。誰しも言葉の不用意はあります。言葉に拘泥し過ぎず、意味 

  や意図を斟酌しましょう。そうした想像力の欠如はコミュニケーションを阻害します。

 

 ⑤ 対話的傾聴

  相手の話を聴いて感じること、思うことは誰にでもあるはずです。一定の理解と共感の

  もとにそれらをその場で率直に伝えることによって対話が生まれ、コミュニケーション

  が促進されます。

 

<「言う」ことよりも「伝える」ことが大事>あの手この手で伝える努力を…

 

 ⑥ ファクトとロジック

  少なくともビジネスコミュニケーションにおいては「ファクト(客観的事実)」と「ロ

  ジック(論理性や合理性)」が必須です。ただし、それが全てではなく、それ以外のも

  のを排除してしまってはかえってコミュニケーションが阻害されます。

 

 ⑦ 感じや思い

  ファクトとロジックも大事ですが、それを重視するあまり、かえってコミュニケーショ

  ンを抑制しては元も子もありません。ふとこころに浮かんだ、未だ十分に言葉や論理に

  ならない素朴な「感じ」や「思い」を気軽に口にすること、できることが大事です。

 

 ⑧ 否定より肯定

  聞く場合も話す場合も、否定的であるより肯定的であればあるほど、コミュニケーショ

  ンを促進することは言うまでもありません。否定を上手く伝えるためにはそれ以上の肯

  定を普段から(あらかじめ)上手く伝えておく必要があるでしょう。

 

 ⑨ 目的観と価値観

  ファクトとロジックの共有も大事ですが、お互いの(一方的ではなく双方向の)目的観

  や価値観を載せたメッセージを交換(交歓・好感)しあうことがコミュニケ―ションの

  質を深め、拡げ、高めるでしょう。

 

 ⑩ 電子メールの効用

  自分の都合で相手の時間に割り込み、安易に「電話で済ます」ような習慣があるとした

  ら今すぐ改めるべきです。「電子メール」と「直接会話」を上手く併用して両者の効用

  組み合わせれば、コミュニケーションの効率も質も上がります。

 

 ⑪ 文書化の習慣

  「書きモノにすること(文書化すること)」効用も大きいのですが、ニガ手意識が根強

  く、習熟に時間を要します。しかし、自分の手間や時間を惜しまず、相手の手間や時間

  を惜しむつもり(「3分の読みモノに3時間かける」)で、相手に語り掛けましょう。

 

 ⑫ 視覚効果

  文字や文章を連ねるよりも、音声や画像や動画のほうが伝わりやすい・伝わることが多

  い場合があります。文字や文章にする場合でも、箇条書きや段落分けやタイトル付けや

  図表化等の工夫や努力や手間や時間や配慮を尽くすべきでしょう。

 

 ⑬ 気付きと配慮、当意と即妙

  聞き手はその表情や態度で話し手以上にモノを言っているのかも知れません。興味や理

  解や共感の有無や程度を、その瞬間その瞬間に露にしてしまうこともあります。そこに

  目配り、気配り、気付き、当意即妙の配慮を見せることが伝えることだと思います。

 

 ⑭ 分かりやすさ

  概念と言葉に対する謙虚さと厳格さ。同じ意味なら同じ言葉を終始一貫使う。「Aなら

  ばBである」という論理性と合理性。一文一意。彫刻を仕上げるように相手の視点から

  の推敲を何度も重ねる。自分が語るのでなく作品に語らせること。

 

  ⑮ 相手の言葉で話し、相手の頭で考え、相手の口から言う

  自分の言葉より相手の言葉の方が多い対話ほど「良い対話」だと言えると思います。同

  じ意味なら相手と同じの言葉で話し、同じ考えなら相手の頭で考え、自分が言いたいこ

  とが相手の口から出てくるようでないと、良いコミュニケーションとは言えません。

 

 ⑯ 相手への視点、相手からの発想

  要は相手への視点・発想・認識・配慮が有るか無いか。多いか少ないかです。「自分」

  のことよりも「相手」のことを尊重すればするほど、相手にはより良く、上手く伝わり

  ます。どう伝わり、理解され、共感されるかは、全て「相手」次第です。

 

 ⑰ 対自化・対象化

  相手に「何を言っているか分からない」と思わせてしまう人の多くは。自分でも「何を

  言っているか分からない」ことが多いものです。常に「自分が何を言おうとしているか

  」を相手に指し示しながら(対自的に)言うことが肝要です。

 

 ⑱ 和顔愛語

  聞き手にも話し手にも共通ですが、表情や態度しだいでコミュニケーションは促進もさ

  れ阻害もされます。柔和で穏やかな表情、優しく丁寧な言葉使いは、コミュニケーショ

  ンを促進するでしょう。

 

 ⑲ リスペクト

  「挨拶と返事と礼儀」は手法や訓練以前の問題です。地位の上下には関係なく相互の

  「リスペクト(敬意や尊重)」が必要不可欠です。リスペクトを欠いてはいかなるコミ

  ュニケーションも信頼関係も成立しません。

 

 ⑳ 気にかけ・目をかけ・声をかけ

  千言万語を尽くして相手を説得しようとするよりも、普段の気配りや気付き、たったひ  

  と言の声がけの有る無しが、相手との間のコミュニケーションの溝や壁を小さくもする

  し、大きくもするでしょう。

  

 ㉑ ナラティブ

  相手には相手の歴史や文化や価値、論理や文脈や言葉があるのですから、そうした相手

  の「ナラティブ」への理解や配慮が豊かであればあるほどコミュニケーションは促進さ

  れます。(参照:「他者と働く _わかりあえなさ」から始める組織論_宇田川 元一 著)

 

 ㉒ 考える悩みと書く苦しみ

  「考えることは悩むこと、書くことは苦しむこと」という言葉があります(太宰治)。 

  さらに「君に足りないのは悩みや苦しみだ」と言いたかったのだと思います。考え・思

  う悩みや、書き・伝えることの苦しみや努力の多さや深さはきっと報われるはずです。

 

 ㉓ 何を言うかよりも、誰が言うか、どう言うか

  「誰が言うか」は「誰の口から言ってもらうか」です。必ずしも自分の口からではな

  く、相手の口から言ってもらう、組織的な権限や責任に応じた適任者から言ってもらう

  こと。「どう言うか」は既述のとおりです。

 

 ㉔ 意識と無意識

  自分で意識していることより意識していないことのほうが、相手のナラティブにとって

  より深い意味を持って伝わる場合があり、ずいぶん後になって自覚する(または自覚し

  ないままかも)知れません。

 

 ㉕ 忙しさの壁、ノーレスポンスの闇

  「忙しさ」を理由(言い訳・逃げ道)に疎かにしてしまうようなコミュニケーション上

  の「習慣」は、未だ「習慣」の名に値しない。また「忙しい」からと言って「ノーレス

  ポンス」にしてしまっては、相手にとっては疑心暗鬼の闇でしかありません。

 

 ㉖ そのひと言

  繰り返しますが、コミュニケ―ションは理論や技法や研修や訓練の問題より、ごく身近

  な、自分と自分の身の回りの、たとえば「モノの言い方」とその習慣化です。「相手」

  への気付きと配慮と例えば「有難う」という「そのひと言」があるかないかです。

 

<合意形成する>

 

 ㉗ 自己肯定より相互肯定、自己尊厳より相互尊厳、自己実現より相互実現

  人間にはその根底に、凄まじいばかりに強固な自己生存・自己保全・自己肯定・自己尊

  厳意識が横たわっていると思います。お互いにこれらを損ねてはコミュニケーションは

  成り立ちません。

 

 ㉘ 争いのない事実や経験則を共有する

  裁判と同じですが、たとえ敵対的な相手との間であっても「争いの無い事実を積み上げ

  る」ことや「経験則に則って合意を積み重ねる」ことや「互譲と和解」を旨とすること

  がコミュニケーションを促進し、問題を解決に導きます。

 

 ㉙ ひとつ上位の目的観や価値観において合意形成する

  ものごとの感じ方や考え方や進め方は、人それぞれなので、そこで争っても無益です。

  お互いにひとつ上位の目的観や価値観を共有できればより良い解決が得られます。「足

  して二で割る」や「無理を通して道理を引っ込める」ことが解決ではありません。

 

 05.マネジメントとしてのコミュニケーション

 

 組織マネジメント(「人と組織を通じて仕事をすること」)の「五大機能」は、①デシジョン、②オリエンテーション、③モチベーション、④エデュケーション、⑤コミュニケーションであると筆者は思います。(「組織・人事マネジメントのAtoZ」参照)

 

 ① デシジョン     … 何が正しく、どうすべきかを判断・選択する

 ② オリエンテーション … それを人と組織に指し示す

 ③ モチベーション   … その実現に向けて人と組織を動機付ける

 ④ エデュケーション  … こうしたい・こうありたいという人の成長を後押しする

 ⑤ コミュニケーション … 上記①~④の機能をコミュニケーションを通じて発揮する

 

06.メンバーシップとしてのコミュニケーション

 

 指示命令を正確に理解し、正確・迅速・丁寧に遂行し、適時適確に報告・連絡・相談することが仕事の基本の基本です。なかでも「的確・迅速な報告」は、人体で言えば血管を流れる血液と同じように、組織にとっては絶対に必要不可欠です。

 

 また、自分一人でなく組織協働的に仕事をするということは、「自分にとって最善のアウトプットが、相手にとって最善のインプットになるように仕事をすること」です。それがコミュニケーションを通じて最終的に組織としてのアウトプットにつながるのです。

 

 「仕事が上手く行く・行かないは、コミュニケーションが上手く行く・行かないとほぼ同義」であり、「仕事上の問題の最大の原因はコミュニケーションの問題」であり、「コミュニケーションの力は仕事の力」なのです。

 

<組織メンバーのリテラシーとしての「コミュニケーションの力」>

 ① 聴く力(積極的に傾聴し、肯定的に受容する力)

 ② 理解する力(相手の言いたいことを理解する力)

 ③ 表現する力(言う力、書く力、描く力)

 ④ 伝える力(相手の疑問や興味に訴求する力)

 ⑤ 対話する力(相手の発言を促し、議論を進める力)

 ⑥ 気付く力(相手の感情に気づき、受容する力)

 ⑦ 配慮する力(相手の立場や利便を尊重する力)

 ⑧ 説得する力(相手の納得を得る力)

 ⑨ 合意形成する力(論点を明確にし高レベルの合意を導く力)

 ⑩ 指し示す力(リーダーとして組織を方向付ける概念化能力)

 ⑪ 引き出す力(メンバーから理解・支持・協力を引き出す力)

 ⑫ 統合する力(矛盾や相克を止揚してより高い次元の「解」を指し示す力)

 

07.報告は「絵を描く」ように…

  

 「報告・連絡・相談」は、組織的に仕事をすすめる上での必要不可欠の(人体にとっては

 血管と血液、神経と信号が不可欠であるのと同じように組織にとって必要不可欠の)コミュニケ―ションです。

  

 なかでも「適時適確な報告」は、組織的に仕事をする人たちにとってのリテラシーであり、義務でさえあります。これによって初めて組織的な事実関係の共有化と問題意識の共有化と問題解決の協働化ができます。

  

<メンバーのリテラシーとしての「報告のしかた」>

  ①_適時報告

 … 「正確かつ迅速」は必須だが、「巧遅拙速」で良い、気後れを手遅れにしてはならな

 い。「どうしようかな?」と困ったら・迷ったら報・連・相。足の長い(時間のかかる)

 仕事。難しい仕事には中間報告・経過報告が必要。ノーレスポンスは厳禁。

 

 ②_エスカレーション

 … 組織としての情報共有・認識共有・意思決定を引き出すための「報告・連絡・相談」

 は、気後れせず・手遅れにせず、組織の上方に向けて行わなければならない。指揮命令

 系統の上方に向けて同報する。

 

 ③_モチーフを外さないこと。

   … 絵を描き、曲を作り、詩を書く、… いずれも、「モチーフ(主題や趣意)」がある

  はずです。仕事上の「報告」も同じで、「何について、どういう趣旨で報告するか」を自

  分にも相手にも指し示しながら報告を行うべきでしょう。

  

 ④_デッサンを描くこと。

   … 絵を描き、曲を作り、詩を書く、… いずれも、いきなり細部を描き始めることをせ

  ず、人物画や風景画なら、先ず構図を描きます。仕事上の「報告」も同じで、例えば「最

  初に結論を1つ、そのあと理由を3つ言う」という「筋立て」が必要です。

  

 ⑤_相手の(イメージの)中に描くこと。

  … 絵を描き、曲を作り、詩を書く、… いずれも、作者が抱くイメージをキャンバスや

  楽譜の上に描き出し、それを通じて相手の内側にイメージを形成する作業です。これと同

  じで、報告の言葉や書類は大事ですが、相手の心象や理解がもっと大事です。

 

08.手法・技法としてのコミュニケーション

 

 円滑で効果的なコミュニケーションの手法・技法を列挙すれば次のとおりです。いずれかひとつの技法が唯一無二でも必要十分でもなく、時機と場合、相手と関係と状況によって上手く使い分けることが肝要です。

 

 ① 伝達としてのティーチング

  … 何が正しいか、どうすべきか、何を目的・目標とし、何に価値を置くか等について

  は、伝えるべき人が、伝えるべき人に、伝えるべき時に、伝えるべき事を、伝えるべき

  言葉や方法で伝えることです。

 

 ② 習慣化のためのトレーニング

  … 言っただけでは伝わらず、聴いただけでは分からず、分かっただけでは行われませ

  ん。刷り込みと繰り返しを通じて、それが定着すること(それが苦も無く「当たり前」

  化できること)が必要です。

 

 ③ 問題を抱えた人のためのカウンセリング

  … 何らかの問題を抱えている人・困っている人・悩んでいる人の視点や立場や発想

  (および「ナラティブ」)にその人と同時にその瞬間・その場面に共に立って、より良

  い判断や言動や態度を共に選択することだと思います。

 

 ④ 引き出し、動機付けるためのコーチング

  … 何が正しいか、どうすべきか、何を目的・目標とし、何に価値を置くか、どうした

  いか、どうありたいか等について上からや他からでなく、その人の内なら引き出すこと

  だと思います。

 

 ⑤ 支援としてのコンサルティング

  … 既に一定以上の成熟度・統合度・自律度が見られる相手には、上述①~④のような

  能動的な手法や技法でなく、その人の求めに応じて、必要な情報提供や提案を行うのが

  良いでしょう。

 

 ⑥ 利害調整としてのネゴシエーション

  … 上述①~⑤は、いずれも目的や価値や利害を比較的共有しやすい相手とのコミュニ

  ケーション上の手法や技法ですが、それらを共有化しにくい相手とはネゴシエーション

  が必要です。

 

  例1)争いの無い事実と経験則をとことん共有する

  … どんな相手との間でも、共有化できる事実関係と経験法則があるはず。また、より

   根本・上位の目的観や価値観のレベルでは、案外と共有できることが多い。

  例2)足して二で割り、一を加える

  … 甲乙判断が付きにくい、どちらとも言えない場合には、6割を相手に4割を自分の

   取り分にしておけば何ごとも円満に解決する。

  例3)互譲し、和解する

  … 少なくとも民事裁判では、判決よりも和解。「争う」ことはほどほどに(三審ま

  で)。お互いに「相手に譲る」ことは「安全」と「平和」につながる。

  

09.具体的に言えないことは実現できない。

 

 新人たちと話をしていると相手が抽象的なことばかり言うので、「具体的には?」「例えて言えば?」と問いかけても答えが返ってないでことがあります。単に「頑張ります」と言われても判断のしようがありません。

 

 過去に向けても将来に向けても、安易に「抽象化に逃げ込む(具体的に言えないから抽象的に言う)」ことは「当てにならない(過去に向けては具体的な知識や経験が無く、将来に向けては実現の可能性が低い)」と知るべきでしょう。

 

 仕事を進める上では「計画」だけではなく「設計」が必要だと思います。機械系の仕事であらかじめの「設計」なくしてモノづくりができないのと同じように、人間系の仕事であらかじめの「設計」なくしてや関係づくりは出来ません。

 

 高名な物理学者である湯川秀樹氏は、その門弟に「過去を言うように未来を言え」と指導

したそうです。一般人の仕事の「計画」や「設計」においても、その信頼性や現実性を測る指標になりうると思います。

 

09.「抽象化」に逃げ込まない。

 

 人間の「認識」は、「具体的な認識」と「抽象的な認識」の間を「行ったり来たりしながら(相互に検証しながら)」高まって(深まって)行く)ように思いますし、企業が経営理念や製品のコンセプトを表現する上で「抽象化」や「概念化」は必要です。

 

 例えばある病院が「全ては患者様のために」という理念を掲げたり、メルセデスベンツがある時期「最善か無か」というセールスコピー(?)を掲げたように、企業の目的や価値は、ある程度の「抽象度」をもって指し示す必要があります。

 

 ただし、その場合でもその背景(足元)にしっかりとした「事実の裏付け」が無ければ、ただ空しいデマゴーグ(虚飾や欺瞞)にさえ陥ってしまうでしょう。「抽象化」や「概念化」は必要で有益だが「現実の裏付け」を欠く場合は「危険」でさえあります。

 

 10.悪く思わず、悪く言わず

 

 ① 人間関係を円満に保つ基本…

 … どんな人とでも間関係を円満に保つための秘訣は「悪く思わず、悪く言わず」だと思

 います。人を悪く言ってもきりがなく、人のせいにしても仕方ありません。他人を否定す

 る心は、自分を肯定する心の裏返しでしかありません。

 

  いかなる人についても、いかなる場面においても、人を悪く言うことはもう止めようと

 筆者は思います。「悪く言わず」という言葉の習慣化が出来れば、自然に「悪く思わず」

 という思考の習慣化もできるように思います。

 

 ② オコらず、オカさず、オコたらず…

    

 <怒らず>人間は感情の動物であって、相手のほんのちょっとした言動や態度や表情や、

 身の回りの出来事に対して、まるで静かな池の水面が風に波立つように快・不快の波に揺

 られてしまい、それによって表面を覆う感情の薄膜は簡単に破られてしまいます。

 

  相手も自分もこのことは同じで、自分の感情の発するままに不用意な言動や態度を相手

 にぶつけるようなことや、自分の感情の平静を、しばらくやり過ごしてもとに戻るのを待

 つ以上のやり方で保とうとしてはならないのだと思います。

 

 <侵さず> 人間の「生存」の本能や欲求は、場合によってはそのために他人の「生存」の

 本能や欲求を侵すことも辞さず、同様に、人間の「自尊」の本能や欲求も、そのために他

 人の「自尊」の本能や欲求を侵すことを意に介さないほどに強固だと感じます。

 

  相手が誰であろうが、自分の感情や、または自分の自尊心のゆえに、相手の感情や、ま

 たは相手の自尊心を損なってはならない(相手との意思疎通も信頼関係も、それを前提と

 する何事も「成らない」)のだと思います。

 

 <怠らず>人間がこの世に長らえて得るもののうち、また人生の最も輝かしい数十年を職

 業に費やして得られるもののうち、人間として最も普遍的で貴重なものは、人格的成長で

 はないかと、筆者は思います。それでこそ生まれて働いてきた甲斐だと思います。

 

  いろいろな人との出会いや関わりのなかでこそ、われわれは「怒る」こともするし「侵

 す」こともするのですが、それらを乗り越えて自分自身の人格的諸要素を高める修養を積

 むことが、人間関係を最も良いものにすると思います。

 

 <追い込まず>「自分を追い込む」という言葉が肯定的に使われる場合もありますが、メ

 ンタルヘルスを維持する上では「頑張り・追い込み過ぎない」ことも必要です。「過去に

 向かって(今さらどうにもならないことで)自分を責めない」ことは鉄則です。

 

   対象が自分の場合にはその辛さを自覚しやすいので、メンタルヘルス上の問題を生じる

 前に「追い込む」手を止めることは比較的しやすいでしょうが、相手に対してはそれを感

 じ取りにくく、気づかないうちにメンタル上のダメージを与えてしまう場合があります。

  

  「なぜ?」を繰り返して問題の根源に迫る手法は健全な人間関係と精神状態のもとでな

 ら一定の効果をもたらすでしょうが、上司が部下を叱責したり詰問したりする場面では、

 部下が何も言えずに黙ってしまった瞬間に「手を止める」ことが肝要です。

 

 ③「良いんだ、良いんだ」という寛容のこころ…

 

 … それでも他人から理不尽な対応を受けることは筆者にもあります。しかし、昭和の宰

 相として今なお人気のある田中角栄氏は、疑獄の渦中で、かつて自分が面倒を見た人から

 の誹謗中傷を「良いんだ、良いんだ」と言って赦したそうです。

 

  角栄氏はそのようにして「広大な中間的支持層」の裾野を広げて行ったのだと思います

 が、いついかなる場合でも、人を悪く思わず、人を悪く言わず、オコらず、オカさず、オ

 コたらず、赦すこころで接していけば、人間関係は糧になるはずです。 

 

11.とことん「肯定」する(どこまで「否定しない」でやり切れるか?)

 

  誰にでも何ごとにも、肯定的側面と否定的側面があるのは当然です。しかし、どんな相手に対しても、何ごとにも、ことあるごとに否定的な発想や着眼や発言をしていては、コミュニケーションが促進されるはずがありません。

 

 ① 人間関係の根本は「人を否定しない」こと。

  … あらゆる人間関係を良好に保つための基本中の基本は、「人を否定しないこと」だと

 思います。人の言うこと/行うこと/考えること/… その他その人に関するあらゆるこ

 とを否定せず、肯定的に(少なくともニュートラルに)受容すること。

 

  自分に自己肯定と自己尊厳の意識があるのと同等以上に、その立場や年齢や能力や…そ

 の他その人に備わるあらゆる属性にかかわらず、人は自己肯定と自己尊厳の意識で成り立

 っているのですから、それを否定して良好な関係が成り立つはずがありません。

 

 ② 歴史的なリーダーは皆、「人を否定しない」人たちだった。

  …田中角栄氏は「広大な中間支持層を形成する」ことを心掛け、自らへの誹謗を受け流し

 て首相の地位に登り詰め、鄧小平は一見資本主義かと見紛うばかりの「発達即原理」とい

 う方針を示して数億の中国人民を引率しました。

 

  人は、自分を否定する人には決してついて行かない。このことは一国のリーダーだけで

 はなく、企業経営者にも職場管理職にも通用する原理であり、少なくとも「一緒に連れて

 行く」つもりの人たちを「否定」することはタブーです。

 

 ③「人を否定しない」ことを前提に指導・育成する。

 … しかしながら上司から部下を見れば、部下の知識や技術や態度や習慣や…その他の属

 性に否定すべき(改めるべき)要素や側面があるからこそ指導も育成もしようとするのだ

 から、一切否定をせずに指導や育成が成り立つのか疑問です。

 

  それでも、否定しないで指導し、育成することが可能であり必要である、と筆者は思い

 ます。否定は他者たる上司がせずとも、部下自身が苦しいほど自己否定感に陥り、そこか

 ら這い上がってはじめて自己成長を感じるものだからです。 

 

 12.合理性と論理性

 

 ① 数理的な合理性・論理的な合理性

 

  … 「合理性」とは、例えば「1+1=2」という数理的な合理性であり、「AならばB

 である」という論理的な合理性です。少なくともこれらの合理性を欠くようではまともな

 ビジネスコミュニケーションは成り立ちません。

 

  「一義性」は「論理性」の前提です。つまり、例えば「1+1=2」であってそれ以外

 ではないこと。「AはA」であってそれ以外ではないことです。この「一義性」を欠くよ

 うではまともなビジネスコミュニケーションは成り立ちません。

 

  ところが現実には、例えば筆者が上司として部下と会話をしていると、「1+1=2」

 ではなかったり、「AはA」ではなかったり、「AならばBである」という論理が成り立

 たない場合がときどきあります。

 

  「QとAを1対1に対応させる」のも論理性のひとつであり、例えば「AはBです

 か?」と上司が聞いているのに、「CはDです。」と全く見当はずれな受け答えをする部

 下がいます。(出題に関係なく自分の知っていることを書くような回答と同じです。)

 

 ② 行動や態度を選択する上での合理性

  

 … 行動や態度を選択する上でも合理性が必要です。「A(ある選択)をすればB(その

 結果)となる」ことを、我々は数理的にも論理的にも経験的にも知っているから「C(別

 の選択)」をして「D(別の結果)」となるようにするはずです。

 

  例えば「A(礼儀をわきまえない言動や態度)」を選択すれば「B(相手や周囲との関

 係が疎遠になる)」のは経験則なので、「C(親しみと礼儀のバランスのとれた言動や態

 度)」を選択すれば「D(相手や周囲とより良い関係が築ける)」はずです。

 

  「この人はどうしてそういう場合にそういう選択をするのかなあ…」と悲しい思いをす

 ることも時々あります。原因となる行為と発生する結果の因果関係についての認識不足で

 あり経験不足であり思慮不足(もしくは事理弁識能力)の問題でしょうか。

 

 ③ 「合理性」は「部分的」または「限定的」であることのほうが多い。

 

 … 組織運営上の実感として言えば、「部分解(部分合理性)の積み上げが必ずしも全体

 解(全体合理性)になるとは限らない。」と思います。いかなる組織においても、唯一絶

 対の目的観や価値観だけが存在を許されるわけではありません。

 

  働く人たちの組織を観ても、経営層と管理層と一般層の間では、目的観や価値観、論理

 性や合理性は必ずしも単一ではない、それはほぼ常に「部分的」であり「限定的」である

 と言う前提に立つ方が良いと思います。

 

  組織を間違いなく(後世に禍根を残すことなく)運営するためには、時間的にも空間的

 にも視野を広くして、自らの目的観や価値観、論理性や合理性はあくまで「部分的」であ

 り「限定的」であることを前提に判断と選択を行うべきです。

 

 ④ 「合理性」だけが全てではない。

 

 … キリストは「お前がメシアなら、この石をパンに変えてみよ」と言われて「人はパン

 のみにて生きるにあらず」と答え、「お前がメシアか?」と問われて「それはあなたがた

 が言うことだ」と答えたそうですが、(一見、Q(問い)とA(答え)が合いません。)

 

  日本国憲法も、おそらく論理的には「筋の通らない悪文」の代表例のように言われます

 が、聖書も憲法も、ひょっとしたら「それで良い」のかも知れませんし、非論理性を追及

 されている部下諸君も、ひょっとしたら「それで良い」のかも知れません。

 

  いわゆる「正義(正しい、とされること)」ほど、歴史上、人を虐げて来たものはない

 のと同じように、おそらく「合理性」は、「不合理性」への寛容が無ければ無いほど容赦

 なく人を傷つけるでしょう。

 

 13.「何を言うか」より「どう言うか」が大事

 

 ① 思うことと言うことの間には間隔や時間や回路があった方が良い。

 

 … 人間誰しも心の内には様々な思いが渦巻き、その中には感情的なことや、非合理なこ

 とや非倫理的なことも多く、ただそれを言動や態度に表出するまでの間には、人それぞれ

 の距離や時間や思考回路があって、おかげで自他ともに平穏が保たれているのでしょう。

 

  思うことと行うこと(言動や態度、何を言うかよりどう言うか)の間には、適切な間隔

 や時間や回路があったほうが良い。特に感情的な思いとその表出との間には、相手の立場

 や感情や視点を含みこむだけの、間隔や時間や回路が必要です。

 

 ② 何を言うかより、誰が言うか、どう言うかが大事

 

 … また、「何を言うか」より大事なことは、「誰が言うか」「誰に言うか」「いつ言う

 か」「どう言うか」です。相手に「どう伝わるか」=「何を言うか」×「誰が言うか」×

「どう言うか」であり、そのための「修正回路」もいくつかあったほうが良いでしょう。

 

   相手がどのような人であっても、その相手の「自己尊厳」を損なってしまっては、その

 人とのベーシックな人間関係さえ築きようがなく、それどころか相手は相手自身の「自己

 保全」をかけて、回避・退行・攻撃などの反応を起こすでしょう。

  

 ③ 「どう言うか」にその人の人格や価値観が現れる

 

 … 同じ内容を伝えるのに「どう言うか(どのような言葉や口調や表情や態度で言う

 か)」によって相手への伝わり方は全く違います。それだけではなく、「どう言うか」に

 よって、その人の人格や価値観や、内面的な美醜さえ伝わってしまうことがあります。

 

  また、相手との関係性、つまり、その人が相手のことをどのように思っているか、尊卑

 や好悪の間感情が伝わってしまうことがあります。まさに「どう言うか」は、その人を映

 し出す鏡のようなものなのです。

  

14.「ものの言い方」

 

 ① 挨拶と礼儀は誰に対しても分け隔てなく

  … 相手と自分との「上下関係」によって挨拶や礼儀を「使い分ける」ことには、今でも

 違和感があります。(新入社員のころ、本社ビルの役員フロアで出会った役員氏に挨拶を

 して無視されたことにある意味の「あほらしさ」を感じたのが原体験です。)

 

  やはりどんな相手との関係もリスペクト(Respect)無しには成り立たない、というのが

 筆者の確信のひとつであり、相手に対する心のうちにあるリスペクト(Respect)の有無

 は、ほんのちょっとしたものの言い方や態度や表情を通じて確実に相手に伝わります。

 

 ② 感情を上手くコントロールする

 

 … 喜怒哀楽に伴う人の感情の起伏は、まるで池の水面に起きるさざ波のように、風や魚

 や虫によるほんのちょっとした刺激に対してきわめて微妙に反応するものであり、おそら

 くそれをいちいちものの言い方や態度や表情に出していては相手も疲れるでしょう。

 

  特に「怒りに任せてものを言う」ことは、そうすることによってさらに自身の怒りを増

 幅させてしまうことになりがちなので「IQよりもEQが大事」と自らに言い聞かせて、

 相手と自分の感情を上手く処理しながらものを言うことが肝要です。

 

 ③ 否定しない

 

 … 頭ごなしに否定しない、否定から入らない。会話の中に相手やものごとに対するネガ

 ティブな要素(ものの言い方や態度や表情)が多ければ多いほどコミュニケーションは阻

 害され、ポジティブな要素が多いほどコミュニケーションは促進されます。

 

  相手に対して頭ごなしに、またはいちいちネガティブに反応していたのでは会話も進み

 ません。「本質的でないことは聞き流し、見のがす」ことも必要です。争いのあることは

 事実関係を共有し、争点を明らかにし、互譲して和解することが肝要です。

 

 ④ 抽象化に逃げ込まない。

 

 … 現場で生起している現実を知らず、調べもせず、現実と格闘したこともない立場で、

 「~したほうが良い」などと空虚で抽象的な「あるべき論」を言う人は、単なる「評論

 家」であって、実務家とは相容れない存在です。

 

  筆者自身、現在でも、事実をよく調べもしないで、仮説をよく検証もしないで、実務的

 に通用しないもっともらしい抽象論、あるべき論を弄する愚に陥らないように、常に実践

 の立場から、常に現場の視点から、ものを言いたいと思います。

 

 ⑤ あとで批判しない。

 

 … 軍国主義やスターリン主義が去った後にそれらを批判するのは簡単です。ひとがもの

 ごとに悪戦苦闘している最中には知らぬ顔をしながら、ものごとの成就失敗が定まってか

 ら知ったかぶりで批判をするのはたちの悪い評論家でしかありません。

 

  「何を言うか」より「どう言うか」も大事ですが、「いつ言うか」「誰が言うか」「誰

 に言うか」も大事です。肯定的なことはいつ誰が誰に言っても害悪にはなりませんが、否

 定的なこと、批判的なことは、時機と立場と相手を弁えるべきでしょう。

  

  人は誰しも「思うところ」と「言うところ」と「行うところ」の間には、大きく深いギ

 ャップがあるのが当然だと思います。だからこそ試行錯誤・周章狼狽・四苦八苦の悩みと

 恥じと苦労があるのだと思います。

 

15.メールの効用

 

 新型コロナ禍は多くの働く人たちに「テレワーク(リモートワーク)」を否応なく強いているように思います。新型コロナ禍で一旦「テレワーク(リモートワーク)」に移行した仕事のしかたのほとんどは、もはや「アフターコロナ」でも元に戻らないでしょう。

 

 今後とも「直接対面型(同時同席型)の仕事の仕方」は、それがよほどそうでなければなならいほどの価値を持たない限り(そうした価値は今後とも存在するとは認めつつも)それは再び「通常の働き方」には戻らないでしょう。

 

 筆者自身がある国内電子機器メーカーに勤務していたころ、米国出張帰りの役員が、「これからは電子メールが仕事のしかたを変える。」と皆に話してくれたのを覚えています。それ以来、電子メールが普及し、電子メールで仕事をすることが当たり前になりました。

 

 ところが、その当時から、いわゆる「ITリテラシー」を欠く役職者層が存在し、また、筆者がほんの10年前ほど、ある公立病院に転職したときには、多くの人に「電子メールで仕事をする」習慣が無いことに驚きました。(現在でも役所や銀行はそうですね…。)

 

 ZOOMなどのWEB会議は、筆者自身、新型コロナ禍の影響でやっと使い始めるようになったのですが、やはり、電話とは違って、相手の表情を見ながら直接対話ができるメリットはとても大きいと感じます。電子データ化された資料の共有化も簡単です。

 

 もともと「電子メールで仕事をする」ことを当たり前に習慣化している人なら問題は少ないですが、新型コロナ禍で、そうでもない人たちがここで新たに参入し、やや混乱を持ち込んでいるような気もします。

 

 ① クイックレスポンスが鉄則、ノーレスポンスは禁じ手

  … 迷惑メールにはノーレスポンスを徹底すべきです。逆に言えばビジネス上はクイック

 レスポンス(遅くても24時間以内に回答・返信すること)は鉄則です。ノーレスポンス

 は相手に「迷惑だ」と言っているのと同じです。

 

 ② QとAを正しく「1対1」に対応させること

  … ネット上のいろんな相談コーナーに寄せられた質問や相談に回答する側の「専門家」

 氏の回答がちぐはぐだったり、どう見ても質問や相談の趣旨や内容をとらえ損ねているよ

 うな回答をときどき見かけます。

 

  もちろん、質問や相談をする側の「判りやすく書く」リテラシーの問題もあり、それを

 即時に補えないというツール上の制約もありますが、やはり相手の質問や相談の趣旨や内

 容をを理解する(言っている事より言いたい事を理解する)謙虚さが必要です。

 

 ③ 論点(何について述べているか)を常に明示すること

  … 筆者もときどき、「何を言っているか訳のわからないメール」を頂くことがありま

 す。こういうメールを書く人の多くは、「これでは相手がわらないということがわからな

 い」人なのでしょう。

 

  やはり箇条書きで書く習慣は、必要であり有効であると思います。論文のようになって

 しまいますが、「第1、**について」「第2、**について」と順序だて、「1(1)

 ①…と階層的に構造立てて書く訓練と習慣は必要かつ有効です。

 

 ④ 話しが通じない・合わないと感じたら、すぐに直接対話に切り替える。

 

 … それでもなおやはり電子メールによる意思疎通には限界があることを前提にすべき

 で、「通じないな(合わないな)」と感じたら一旦メールのやりとりをやめて、「詳しく

 はお電話で…(WEB会議で)」と他の直接対話手段に譲るべきでしょう。

 

16.目標管理も人事評価もコミュニケーションの手段

 

 人はそれぞれさまざまに感じ、思い、行うものです。組織や職場というものは、そうした感じや思いや行いを重ね合って何らかの共通的な目的や価値を実現しようとする協働体であるはずです。

 

 「目標管理」は、まさに、個人として、また組織や職場として「こうしたい」「こうあり

たい」と思うことを重ね合わせ、「私は(私たちは)~します。」という意思と行動を重ね

合わせるコミュニケ―ションのひとつなのです。

 

 「人事評価」は、組織として職場として、働く仲間としての「こうしてほしい」「こうあってほしい」というメッセージであって、「よくやった」「ありがとう」というメッセージです。

 

 そう考えると「目標管理」も「人事評価」も、組織や職場の運営そのもの、「働きやすい・働きがいのある組織や職場づくり」そのもの、コミュニケーションのあり方・とり方そのものだと、筆者は思います。