20180518_Giveした以上にはTakeできない。

 

1.Input した以上にはOutput できない。

 

  その昔、未だコンピュータというものが世の中に出始めたばかりのことですが、コンピュータのデモを見た某企業の重役がオペレータに向かって、「俺の顔を出してくれるか?」と言ったのは本当の事実です。

 

 今なら技術的に「何とかなる」かも知れませんが、当時のコンピュータはせいぜいBASIC言語で動くパソコン程度であり、「Input-Process-Output」が「情報処理の公式」だった時代なので、重役の要望は「無から有を生じさせよ」というものでした。

 

2.Give した以上には Takeするのが資本主義の経済原理?

 

 ところで資本主義の経済原則(個々人の経済合理的な行動選択の原則)は、ひょっとしたら「Input した以上の Output」や「 Give した以上の Take」を求め続けているのでしょうか?(つまり投資した以上の利潤を誰もが常に求めている?)

 

 しかしながら人間全体で(自然全体で)考えてみても、どこにも「無から有を生じる」ことはないはずなので、そうした経済原理も行動選択は、搾取でもしない限り、「利には適っても理には適わない」のではないでしょうか?

 

3.人間関係では基本的にGive した以上には Takeできない。

 

 少なくとも大人どうしの人間関係では、例えば「礼を欠けば信を失う」のが昔も今も大原則であって、そこに資本主義的な(利己主義的な)行動原理を持ち込んでしまっては、相手も周囲も大いに困惑するだけでしょう。

 

 相手や周囲からの理解や協力や信用や敬意を得たいなら、相手や周囲への理解や協力や信用や敬意が必要です。そうでない(Give 以上の Take が欲しい)なら、相手や周囲を自分に隷属でもさせる以外にない思います。

 

・自分を理解してほしいと思うならそれ以上に相手や周囲への理解が必要

・相手や周囲へのリスペクトがなければリスペクトされない

・支持や協力が求めるならそれ以上の支持や協力が必要

・自分の手間や負担を惜しんでは理解や協力は得られない

・部下への支援もせずに部下の成長は望めない

・貸した金は忘れても借りた金は忘れるな(田中角栄の母)

・常に準備し努力し勉強していなければ好機を逸する

・そのために何をしてきたかが全て結果に表れる

・考えることは悩むこと、書くことは苦しむこと(苦悩がなければ思想も芸術も生まれない)