Q1_それでも人が(仕事自体に)「動機付けられない」としたら?

 

A1)「仕事がしにくい」だけなのかも知れない。

 

 苦役や強制でないかぎり、その「仕事」そのものが本質的に「人を動機付けない」性質のものであることはおそらく考えにくいのではないでしょうか。(そうした「仕事」はいずれ淘汰されるか自動化されるでしょう。) 

 

 本稿での問題は、現実に人が「仕事」に動機付けられないとしたらその原因は、「仕事」そのものにではなく、その「仕事がしにくい」状況や、その仕事が「上手く行かない」状況にあるのではないかということです。

 

① 仕事の量や質のアンマッチの問題

 … 仕事の量が多すぎ(少なすぎ)て人が動機付けられないという状況が想定できますし、仕事の質(難易度)が高すぎ(低すぎ)ても同様の問題が生じ得ます。

 

② 仕事への興味・適性・能力のアンマッチの問題

 … 「したい仕事」と「できる仕事」と上司や周囲から「期待される仕事」との間のANDがとれずに困っているのかも知れません。

 

③ 心身の健康状態の問題

 … なんとなく調子がわるい、よく眠れない、憂鬱な気分やイライラして落ち着かないなど、「うつ病」の前兆症状のような状態にあるのかも知れません。

  

④ 職場の物理環境や人間関係の問題

 … 仕事をする職場の物理的な環境条件や、仕事を通じた上司・部下・同僚・客先との人間関係が上手く行かないのかも知れません。 

 

<追記事項>上司(管理監督者)が動機付けの阻害要因になっているかも知れない。

 

 職場の人間関係のうち、仕事の動機付けに最も大きな影響を与えるのは、直属上司たる管理監督者の言動や態度、および本人との人間関係です。日常的な仕事の中で、本人が何らかの達成感や有能感や有効感を持てるように上司が示唆・指導・支援しているか…。

 

 それとも、例えば仕事上の目的も目標も方針も示さない、判断の失当、無関心や無理解や不見識、責任回避や責任転嫁、過度な干渉や放任、要求水準の高すぎ・低すぎ、人間的感情への配慮を欠くなど、上司(管理監督者)に問題があるのかも知れません。

 

A2)「仕事のやりがい」(目的や目標)を見失っているのかも知れない。

 

① 「目的」意識を呼び起こす。

 

 現実的には多くの場合、「仕事」は単なる「作業としての仕事」にとどまらず、さまざまな問題や課題を解き、そこに現実的な解をもたらす「ソリューション」であり、ましてや「指揮命令に従う」ことや「労務に服する」こと自体が仕事ではありません。

 

 つまり、「目的のない仕事など無い」と言い切れるはずで、そこに「仕事の目的意識を見失う」現象があるとしたら、その原因は「仕事」自体にあるのではなく、「仕事」への認識のしかたや「仕事」への関わり方にあるはずです。

 

 そうした「仕事への目的意識」は本人自身の自覚の問題かも知れませんが、やはり上司(管理監督職)によるオリエンテーション(何のための(どういう目的の)仕事であるかを常に発信する)の有無や良し悪しの影響は大きいだろうと思います。

 

<追記事項>「何のために?」と三回問いかけてみる。

 

 あらゆる仕事には「目的」があり「価値」があるはずですが、状況によってはそれを見失ってしまうこともあります。そんなときには、その仕事はいったい「何のために?」と三回ほど問いかけてみればそのどこかに「解」が見つかるかも知れません。

 

 また、その仕事本来の「目的」や「価値」が見定まったら、今度は「その為には?」と三回ほど問いかけてみれば、仕事本来の「目的」を達成し、「価値」を実現するために、何をすべきか、何ができるかが見えてくるかも知れません。

 

② 「目標」意識を呼び起こす。

 

 また、せっかく仕事をするのなら、誰しも「より良い(良く)仕事をしよう」と思うのではないでしょうか。ノルマや義務感で「仕事に追いかけられる」状態から脱して、例えば次のように仕事をすることに目標意識を持つことはできないでしょうか?

 

 □ もっとコミュニケーション良く仕事をしたい

 □ もっと正確・迅速・丁寧に仕事をしたい

 □ 仕事を通じていろんな問題や課題を解決したい

 □ 仕事を通じて何らかの目標を達成したり価値を実現したい

 □ 仕事を通じて成長したい

 □ 責任を持って仕事をしたい

 □ もっと計画的に仕事をしたい

 □ 仕事を通じて感謝や信頼を得たい

 □ 仕事を通じてもっと評価や報酬を得たい

 □ 主体的に仕事をしたい

 □ 人と組織を通じて(より多くの人の理解と協力を得て)仕事をしたい

 □ 健康的に仕事をしたい

 

 つまり、「目標意識をもって仕事をする」ということは、単に数量的・経済的・結果的な目標を達成することにとどまらず、「より良く(良い)仕事をする」ということであり、同時に「仕事を通じて成長する」ということなのです。

 

 こうしたことも本人自身の自覚による以外には、職場における上司(管理監督者)自身の日常的な言動や態度、およびそれを通じた部下への日常的な示唆や指導や支援によるところが大きいはずです。

 

A3) 「仕事が上手く行かない」のかも知れない。

 

<小さな進捗の継続は、人を大きく動機付ける。>

 

 「PDCAが廻っているか?」という問いかけは、上司や同僚からの問いかけであると同時に、部下自身の問いかけの言葉です。「PDCA」という言葉を、日常的に「仕事をする」人たち自身の視点に置きなおして言えば、次のとおりです。

 

 P … こうしよう、ああしようと思うこと。

 D … その通り実行すること。

 C … 上手く行ったかどうか振り返ること。

 A … よし次からこうしようと思うこと。

 

 ここで言うPとDとの差分が「仕事の進捗」です。この「仕事の進捗」を日々の業務の中で実感できるかどうか、上司や同僚から支援と認知と評価を受けられるかどうか、が本人の動機付けに大きく作用します。

 

A4)「(仕事を)してもしなくても同じ」と思っているし、現にそうなのかも知れない。

 

 例えば、「目標を持って仕事をする」ことが「当たり前」のはずなのに、「目標管理制度」が形骸化し、「目標設定」も適切に行われず、日常的な観察や指導もなく、したがって適正な評価やそのフィードバックも無い状態に陥っているかも知れません。

 

 また、「人事評価制度」が無いかまたは有効に機能せず、「年功制の弊害」が残る組織や企業では、「(仕事を)してもしなくても(少なくとも年次による昇進は)同じ」という気分が支配しているかも知れません。

  

 もしそうだとしたら、その対応は、ひとつには職場の管理職の日常的なマネジメント行動の振返りと気付きと改善が必要であり、目標管理制度や人事評価制度の、内容よりも制度運用の実態の振返りと気付きと改善が必要です。