20251118 記
どう考えてもマズローの欲求段階説で、各段階の欲求に「自己(self)」という言葉が冠されていることが、筆者には理解できません。
たとえば、「自己生存(保全)」と言ったところで、およそ人間が自己単独で生存(保全)できるはずがない。
それともそれは究極の利己主義のことを言っているのでしょうか。生物レベルの、共食いレベルの欲求のこと?
さすがに「親和」には「自己(self)」という言葉は冠されていない。「自己親和」などとは誰も言わないでしょう(それじゃ自己愛性パーソナリティー障害?)。
「自己尊厳」に至っては何をかいわんや。他人へのリスペクト無く、自己へのリスペクトが成り立つはずもない。
「自己実現」に至っては何をかいわんや。社会的存在としての人間が、「相互」の関係においてこそ「実現」が可能なはず。
筆者はしばしば、人の(および自分の)自己保全欲や自己肯定欲の凄まじい強さにたじろぐ思いです。
「自己成長」とは、「自己肯定」と「自己否定」の表と裏、攻守交替の野球ゲームであるような気がします。
自己成長とは、自己否定と自己肯定が相織りなす綱のようなものであるように思います。自己否定が無ければ自己成長無く、自己肯定無ければ自己成長なし。相互の振幅がいわゆる「心理的安全性」だと思います。