Thoughtfulness_思慮深いということ

1.人間の第一等の資質

 

 中国の古典には学ぶことが大変多いのですが、人間の資質に関して、「呻吟語」という明末の学者・呂新呉の著書の中には、次のような言葉があるそうです。(「安岡正篤先生から学んだこと「人間の品格」」下村澄著、大和出版より。)

 

   深沈厚重ナルハ是レ第一等ノ資質

   磊落豪雄ナルハ是レ第二等ノ資質

   聡明才弁ナルハ是レ第三等ノ資質

 

 つまり、才気に走る弁舌の徒はまるで評価されず、「只ダ談論ノ科ニ居ルベキノミ」とたいへん手厳しい評価です。豪放磊落・勇猛果敢な行動派に対しても評価は比較的厳しく、「天下ノ大難ヲ定ムル者」は「深沈厚重Thoughtful」の人という趣旨です。

 

 また、有名な「論語」には、「学びて思わざるは即ち罔し(くらし)思いて学ばざれば即ち殆し(あやうし)」という孔子の言葉が収められており、「謙虚な学習」とともに「深い思慮Thoughtful」の重要性が説かれています。

  

 また、孔子は、「人間にとって一番大切なことは何か。(一言にして終身之を行うべき者あるか。)」という高弟の問いに、「それ恕(じょ)か」と答えたそうです。「恕」とは相手や他人を「慮る(おもんばかる)Thoughtful」ことでしょう。

 

  また、第二次世界大戦当時の英国首相チャーチルは、「愚者は(自らの)経験に学び、賢者は(先人の)歴史に学ぶ」という言葉を残しています。「実践を通じて現実から学ぶ」ことは重要ですが「考えのない軽挙妄動」は厳に慎むべきでしょう。

 

 結局のところ、これら歴史上の諸賢人は、我々に「学ぶことと思うことと行うこと」のいずれにも偏らず、それらの高位のバランスの上に自らの指針を見出すべきであると教示してくれているのだと、筆者は理解しています。

 

2.仕事における学習と思慮と実践

 

①学習しながら仕事をするということ

 

 学校では主に「記憶と理解」が「学習する」ということであったかも知れませんが、実務の世界ではそれだけでは通用せず、学習したことを、自らの思慮と実践を通じて自分が「身に付ける(習慣化し、当たり前にする)」ことが必要です。

 

 ごく簡単に言えば、「同じ失敗(悪いこと、注意されたこと、上手く行かなかったこと)を繰り返さず、同じ成功(良いこと、評価されたこと、上手く行ったこと)を繰り返す」(いちいち言われなくても自分でできるようになる)ことです。

 

 また、特にひとつの企業や組織の中で長く同じ仕事をしていると、実はその企業や組織の中だけでしか通用しない仕事の仕方や、自分に都合の良い仕事の仕方が「良いこと」であるかのような誤解(錯覚)に陥る例も少なくありません。

 

 その仕事本来の目的に照らして、広く企業や組織の外に視野を広げて、自分が担 当する仕事を通じて自分が職業人として成長すると同時に自分の仕事をより良いものに成長させるという学習を怠ってはなりません。

 

②思慮深く仕事をするということ

 

 仕事をする上での「思慮」とは、主に次のようなことです。

 

<仕事の「目的」や「意義」に関する思慮>

 既に述べたとおりですが(Imagination、Solutionの稿)その仕事は「何のための」仕事かということへの思慮を巡らせること(真の目的に気付くこと)です。

 

<仕事の「相手」や「ニーズ」に関する思慮>

 これも既に述べた通りですが、その仕事の「相手が誰か」、どういう状況で何を期待しているかに思慮を巡らせること(真のニーズに気付くこと)です。

 

 <その他、仕事の「方法」や「QCD」などに関する思慮>

 既に述べたとおり(QCDの稿)、仕事の品質・コスト・納期への思慮を欠いてはならず、仕事の方法やノウハウも組織的に継承できるものであること。

 

③実践しながら仕事をするということ

 

 学校では「実践」を伴わない評論家のような議論がそれだけで成り立ったかも知れませんが、実務の世界では、「現場」での「実践」や「検証」を伴わない「一般論」や「べき論」はほとんど何の役にも立ちません。

 

 仕事をする上で直面する現実は、さまざまな困難や問題や矛盾に満ちおり、「学習」も「思慮」も実際には現実との悪戦苦闘や試行錯誤を通じて身に付くものであって、教場や机上で身に付くものではありません。