人事評価に対する「不平や不満」は概ね、①評価の基準が明確でない、②評価が評価者によって異なる、③納得の行く評価が得られない、ということに集約されるようですが、これに「反論」するためには、以下の対応が必要です。
(1)評価の諸原則を徹底すること
①報告なければ評価なし
上司(評価者)と部下(被評価者)との間に、指揮命令-報告連絡Report toの関係が、組織的に定義されていなければなりません。そもそも両者間に「組織的関係」が成り立っていなければ「評価」自体成り立ちません。
1) 上司-部下の関係、評価者-被評価者の関係が定義されているか?
2) 上司-部下間のコミュニケーションが確立しているか?
3) 組織や企業の目的と価値が明確で、メンバーがコミットしているか?
4) 各ポジションにおける目標や権限や責任や役割や使命が定義されているか?
5) 組織がメンバーの個人的属性に依存しすぎていないか?
②信頼なければ評価なし
上司(評価者)-部下(被評価者)間に、日常的な双方向のコミュニケーション(例えば社会的良識的な挨拶と礼儀、日常的な報告・連絡・相談)と、これに基づく信頼関係が形成されていなければ評価そのものが成り立ちません。
評価に対する不満のひとつに「現場も見ない・知らない上司に評価されたくない」という声があります。やはり最低でも週に一度は評価者たる上司は被評価者が働く現場に足を運んでコミュニケーションするべきです。
③基準なければ評価なし
仕事をすることの成長段階を既述のとおり三段階に分けるなら、それぞれの成長段階における標準的な期待水準を示すことが、少なくとも評価基準の骨格(フレームワーク)を示すことになるはずです。(成長の段階=評価の段階)
<下記は「人と組織が成長するとはどういうことか?」からの引用です。>
1)人の成長の第一段階:遂行レベル
… この段階は、「個別具体的な指示命令に従って、正確・迅速・丁寧に仕事をする」ことが期待されるレベルです。このレベルにおいては「正確さ」を担保する仕組みや、「迅速さ」の習慣化や、「丁寧さ(親切さ)」の工夫が必要です。
2)人の成長の第二段階:判断レベル
… 第二段階は、「個別具体的な指示命令を受けなくても(一般的・包括的な指示だけで)その目的や趣旨に沿う判断を交えて仕事を進めることができる」レベルです。上司の視点から見れば「一定範囲の仕事を一任できる」レベルです。
3)人の成長の第三段階:指導レベル
… 第三段階は、「仕事上の判断が信頼を得るようになり、周囲から判断や指導を求めらる」レベルです。上司の視点から見れば、「一定規模の担当者のグループの監督や指導を任せられる」レベルです。
上記のさらに上位に、④組織マネジメントそのものを通じて仕事の成果をあげることを専らとするレベル、⑤自ら高度に専門的な能力や知見をもって企業経営者のパートナーとして事業に貢献するレベルを想定できます。
④目標・観察・指導なければ評価なし
評価とは、そもそも、上司(評価者)と部下(被評価者)間の下記のようなマネジメントサイクル(目標設定→日常観察・指導→評価およびそのフィードバック)のプロセスのひとつとして行われるべきです。
A)目標を設定する → B)日常的に観察する → C)観察に基づいて指導する
↑ ↓
E)評価を本人にフィードバックする ← D)観察・指導に基づいて評価する
人事評価に対する不満に「基準が明確でない」という声がありますが、少なくとも実績評価に関しては上記のマネジメントサイクルにおける「目標設定」のプロセスにおいて達成度評価が可能な目標設定が行われないという問題です。
⑤事実(観察)なければ評価なし
評価は評価者が事実関係(部下の職務遂行状況)の観察と記録に基づいて行うべきものです。
⑥指導なければ評価なし
上司(評価者)による日常的な指導(コーチ)がなければ、評価は「びっくり箱」になってしまいます。
⑦育成なければ評価なし
また、評価は部下(被評価者)に適正にフィードバックされてこそ育成につながります。
⑧その他
上記の諸原則の上に、「自己評価をふまえた上司評価を行う」ことや、「上司-部下以外の周囲(360度)評価を行う」ことは、評価の信頼性・妥当性・納得性を高めるうえでたいへん有効です。
1)信頼性 … 何度評価しても概ね同じ結果が得られる(評価は1回でするな)
2)妥当性 … 誰が評価しても概ね同じ結果が得られる(評価は1人でするな)
3)納得性 … 本人に聞いても概ね同じ結果が得られる(評価は本人にも聞け)
(2)評価者のトレーニングを行うこと
①評価者の認知誤差
評価者は、自ら陥りがちな認知誤差に留意すべきです。特に直属上司による評価が評価上のエラーに陥っていないかどうか、直属上司による自己評価に加えて、上位上司による評価(評価を評価すること)が必要です。
1)対比効果…評価者が自分を基準にする。自分と似ていると甘いまたは厳しい
似ていないと厳しく(または甘く)なる。相似効果ともいう。
2)初期印象効果…第一印象があとを引く。第一印象が良いと後々の評価まで甘くしてしまい、第一印象が悪いと後々の評価まで厳しくしてしまう。
3)ハロー効果…部分的な特徴的心証を全体評価に及ぼしてしまう。ひとつの評価項目の評価を、他の評価項目の評価に安易に類推適用してしまう。
4)中心化傾向 … 評価者に自信がない、軋轢を回避したいと思うと、「どちらとも言えない」評価になってしまう。
5)寛大化(厳格化)傾向 … 全体的に寛大な評価を行う評価者と、全体的に厳格な評価者に分かれる。評価者の母集団の中での評価者自身の傾向を知るべき。
6)近接(期末)誤差 … 評価期間の末期にみられたことがらに影響を受ける。評価期間の始まりから終わりまでの事実関係に基づく判断が必要。
②評価者の適格性
また、評価者には以下のような「適格性」が問われます。
1)場合によっては人の一生を変えてしまいかねないという「評価」への謙抑性
2)有限な経営資源(昇格・昇任・昇給)を「最適配分」するという経営感覚
3)客観的な事実と自らの心証に基づいて判断を下すという責任感と判断力
<追記20160207>人事評価制度を形骸化するもの
目標管理も人事評価も同じですが、制度に込められた意義や目的があり、その意義や目的を実現するために定められた方法やルールがあるはずで、そうした意義や目的を見失い、方法やルールを尊重しなければ、制度は形骸化します。
目標管理制度とは本来、組織的協働を通じて、目的を達成し、価値を実現しようとする際に、お互いに目的や価値を共有化し、コミットメントし合い、お互いに内発的で自発的なベクトルをつなぎ合わせて組織化する制度です。
そのためには組織の目的や価値を明確に指し示すことと、それを組織内に共有化して個々人の内発的で自発的なコミットメントを引き出すプロセスが必須であり、それを軽視・無視しては制度が形骸化するのは当然です。
「一度で評価するな、一人で評価するな」は、評価の大原則です。場合によっては人の一生を左右しかねませんので、人事評価の原則やルールを無視・軽視するような上司の評価は受け入れられません。
また、「人事評価に対する不満」は、「上司に対する不満」とほぼ重なり合っており、上司-部下間のコミュニケーションが良好でない場合や、上司のマネジメント機能が不十分な場合には部下の不満は強くなるでしょう。
そこで筆者が推奨する人事評価の手法のひとつが「360度アセスメント」であり、それは部下の日常的な仕事ぶりを良く知る上下左右(上司・先輩・同僚・部下)からアセッサーを選出して、次のような要件で実施します。
① 上司-部下間の人事評価の機能を補完するものとして行う。
② 1人の被評価者に数人の評価者を割り当てる。
③ 評価表は人事評価表を適宜アレンジする。
④ 人事評価表上の期待行動の頻度を以下のように5段階で観察評価する。
5 … いつもそうしている。
4 … ほとんどそうしている。
3 … おおむねそうしている。
2 … ほとんどしていない。
1 … まったくしていない。
⑤ また、評価者からのアドバイス事項等も評価表に記入する。
⑥ 被評価者も④と同様に自己評価をしておく。
⑦ ④の評価分布および⑤⑥の内容を一覧にまとめてフィードバックする。
・ 自己評価(認識)と周囲評価(認識)のギャップに気づく。
・ その原因を振り返る。
・ 今後の行動指針を表明する。
⑧ 人事評価者は上記の結果に基づいて人事評価を確定する。
360度アセスメントを行う場合には、対象部署と人事部署との協力関係が必要です。また対象者にとって効果的であるとともに負担の大きい評価方法であるため頻度の適正化(4年に1度程度でよい)が必要です。