20200323_「どう働くか」ということは「どう生きるか」ということと同じ。

 

1.「なぜ働くか?」を問うのは「なぜ生きるか?」を問うのと同じ。

 

 筆者はかれこれ40年間も「人事労務」の仕事に携わって来ましたが、「なぜ働くか?」という問いは、「なぜ生きるか?」という問いに等しいと思います。では「なぜ生きるか?」と問われれば、「より良く生きるため生きる」としか、答えようがありません。

 

 そして「より良く生きる」ということと「より良く働く」ということも、「より人間的に生きる」ということと「より人間的に働く」ということが同じ意味である、と言う点において同じことなのだろうと思うのです。

 

 「より良く生きる」ことは、例えば「より自由に、平和に、幸福に生きる」ということでしょうし、「より良く働く」ということは、例えば人間にとっての「自由・平和・幸福」とう価値を実現しながら自律的・協働的・社会的に自己成長するということでしょう。

 

2.「労務に服して賃金を得る」だけの働き方が「より良い働き方」とは思えない。

 

 近代資本主義のもとで(そして残念ながら現代社会主義のもとでさえ)、「労務に服して賃金を得る」ことが「働く」ことの意味であるとしたら、人間の天性や労働の本質に照らして、近現代の人間と労働は、何と不幸な状態にあるのだろうと、筆者は思います。

 

 人間にとって労働とは、人間やその諸価値、例えば「自由・平和・幸福」という諸価値を

実現するために(それは人間がより人間的に生きるために)社会的に協働し、社会的協働を通じて成長するということであるはずです。

 

 「働き方改革」という言葉が政治的に使われてしまっていますが、「労務に服して賃金を得る」という人間と労働の関係(=人間と人間の関係)を脱する努力をせずに、いったいどういう意味での「働き方改革」が成り立つのか、筆者には疑問です。