誠実で勤勉であることの尊さ

 

<追記事項_20210805>

 

① 「仕事をする(=働く)」上で大切なことは「誠実で勤勉」であることだと思います。

 それはわれわれがその仕事の受益者として最も強く期待すること(誠実かつ勤勉であって

 ほしい…と思うこと)であるはずです。

 

② では。「仕事」そのものについてはどうでしょうか?…筆者は「正確・迅速・丁寧」だ

 と思います。「正確」を「的確」、「丁寧」を「親切」に置き換えても良い。これもわれ

 われがその仕事の受益者だとしたら最も強く期待するところです。

 

③ さらに、仕事をする(=働く)上での、対人的なマネジメントの観点から言えばどうで

 しょう?…「真摯さ・公平さ・人間らしさ」ではないかと、筆者は今のところそう思いま

 す。

 

 それは、人間という存在や、人間的価値、人間性(ヒューマニティー)の追及や実現に対する真摯さや敬虔さです。人間に対する、社会的・歴史的観点における公平さ(フェアネス)です。「其れ、か」と言い換えても良いと思います。

 

<以下原文>

 

1.「誠実で、働き者」であることの尊さ

 

 誠実であることとは、分かりやすく言ってしまえば、例えば「嘘をつかない」「誤魔化さない」「謙虚である」ことであり、主体的で責任感があり協調性や倫理性が高いことです。「信用するに足りる」ということです。

 

 働き者とは、言い換えれば「怠けない」こと、「手を抜かない」「いい加減にしない」「最後まで責任を持ってやりきる」ことであり、「皆の嫌がることでも、自分が辛いことでも、損なことでも、必要なこと、やるべきことをやり切る」人です。

 

 嘘をついて、誤魔化して、いい加減で、怠け者で、口先だけで、浅薄で、自分だけ上手に楽をして得をしたように見える人は、遅かれ早かれその本質を見透かされて、やがて体よくその組織や企業から放逐されてしまいます。

 

2.パートナーシップの黄金律

 

 「誠実で、働き者」であること、というのはいかにも陳腐な道徳律のようにも聞こえますが、結婚でも採用でも、およそ何らかのかたちで「パートナーを選ぶ(パートナーシップを取り結ぶ)」上ではむしろ不朽の黄金律であると筆者は思います。

 

 企業とは一定の目的を達成したり、価値を実現したりする人と人の協動体ですが、資本主義の世界では主たる企業は概ね私企業(営利企業)であり、その目的や価値は究極的には「資本にとっての利潤」に還元されます。

 

 資本主義体制下の私企業(営利企業)にとっては「それで良い」かも知れませんが、そうした企業の中で働く一人ひとりの人間にとって「働く目的や価値」が「資本にとっての利潤」に全て還元されてしまって良いとは誰も思わないでしょう。

 

3.組織的協働を支える誠実と勤勉

 

 人間にとって「労働」とは、人間にとってもっと高い目的や豊かな価値、例えば自由や平和や幸福、・等々の、人間的・社会的・歴史的な目的を達成し、価値を実現するものであって良いはずです。(現に歴史上の多くの人々はそのようにして働いてきたし、働いている。)

 

 そして「組織」とは本来、そうした人間どうしが「労働」の目的や価値を共有し合い、「労働」のINPUTとOUTPUTを互いに紡ぎ合って、より高い人間的・社会的目的を達成し、より豊かな人間的・社会的価値を実現するための協働体であるはずです。

 

 誠実さと勤勉さは、協働体の構成員の行動指針の根底にあるものです。「手間を惜しまない」「人のせいにしない」「言い訳をしない」「信頼を損ねない」…等々は、まるで親の言いつけと同レベルですが、実は大人どうしの協働体においても共通の倫理です。