採用から退職までの人事マネジメントの各プロセスは、「人と組織の成長を促進する」マネジメントとして運用できます。以下には、採用から退職までの人事マネジメントの各プロセスを「育成の論理」で運用する際のポイントについて述べます。
ただし、「人が入れ替わっても変わらない」のが「組織」の原理ですので、冷徹に「組織」の存続や成長を考えれば、「育成の論理」だけではなく、「選別の論理」で人事マネジメントを行うことも必要です。
(1)採用 … 組織的協働ができる人、それを通じて成長できる人を採用する。
採用選考の基準については既述(「採用~より良い採用のために」)のとおりです。新卒者に組織協働性の高さを問うのはやや酷かも知れませんが、配属後にコミュニケーション能力や協調性の点でで「採用ミス」の問題を生じさせないような人を選ぶべきです。
また、「我れ以外みな我が師なり」との信条と実践までは期待しませんが、自我に固執して周囲の意見を聞き入れないタイプの人であるかどうかは少なくとも面接選考を通じて気付くべきです。「肯定的受容と積極的傾聴が出来る人」を選ぶべきでしょう。
なお、採用に「育成の論理」を働かせるということについて違和感があるかも知れませんが、前述のとおり、採用を、試用期間や育成期間を含めたプロセスとして広くとらえるなら、同時に「育成の論理」も働かせるべきです。
(2)育成 … 組織的協働を通じて共同性と社会性を高める。
仕事の能力(Ability)は、達成される目的や実現される価値(Performance)を費やされるヒト・モノ・カネ・情報・時間等の資源(Resources)で除した式で表すことができます。仕事の能力とは、人間的・社会的な目的を達成し、価値を実現する人間的・社会的な能力です。
少なくともそれは、IQ(知脳的な能力)だけでなく、EQ(情動的な能力)を掛け合わせたSQ(社会的な能力)とも言うべきものであり、知識×思慮×実践の力であり、単なる能率ではなく問題や課題を解決するSolutionの力です。
<参考>「EQ~こころの知能指数」(ダニエル・ゴールマン著、土屋京子訳、講談社)
①自分自身の情動を知る(自分が何をどう感じているのかを客観的に把握する)
②感情を制御する(不安や憂うつや苛立ちを振り払い感情を制御する)
③自分を動機付ける(目標達成に向かって自分の気持ちを奮い立たせる)
④他人の感情を認識する(他人の感情をうまく受けとめる)
⑤人間関係を上手く処理する(他人との協調が必要な仕事をこなす)
なお、育成に「選別の論理」を働かせるというのは自己矛盾に聞こえますが、企業が人と組織の成長に投じることが出来る経営資源が有限であることや、人事マネジメントの機能のひとつは「将来のリーダーの選別」であるという点では「選別の論理」が働きます。
(3)動機づけ … 組織的協働を通じた成長に内発的に動機づける。
いわゆる「目標管理」(Management by Objectives )の本来的な意義と運用については後述のとおり(「動機付け_仕事そのものに動機付ける」)です。本来の意味に即して言えば、「目標管理」とは「目標を掲げて自己管理的かつ組織協働的に仕事をすること」です。
また、人間は自己の実現に向けた自己の成長に動機づけられており、それは組織的協働を通じた相互の成長と相互の実現を通じてこそ可能なのですから、そうした内発的な動機付けを「目標管理制度」の運用を通じて引き出すことが肝要です。
なお、動機付けや目標管理を「ノルマ主義」的に捉えるなら「選別の論理」が強く働くでしょうが、目標管理の、MBO=Management By Objectives and Self Controlという本来の趣旨(達成と成長への動機付けシステム)からは「育成の論理」が勝るはずです。
(4)評価 … 組織的協働を通じて成長し、成果を挙げた人を高く評価する。
人事評価の基準については後述のとおり(「人事評価_フェアな評価」)です。筆者は「態度・能力・実績」を人事評価の三要素として提示していますが、「行動と成果」を人事評価の要素としている企業もあります。
人事評価の要素としての「態度」も「行動」も「能力」も「組織的協働性」を言い、「実績」も「成果」も、「組織的協働を通じて達成された目的や実現された価値」を言うはずです。これらを高く評価し、適切にフィードバックすることが人と組織の成長を促進します。
なお、評価は、これを適切に被評価者にフィードバックして動機付けを行う、という観点では「育成の論理」を強く働かせ、有限な経営資源(昇給原資など)を最適配分する、という観点では「選別の論理」を強く働かせるべきです。
(5)処遇と報酬 … 組織的協働を促進する人を高く処遇する。
「人徳のある人を高い地位で処遇し、功績のある人を多くの報酬で処遇する」というのが処遇の原則(後述「処遇と報酬~徳に位、功に禄」)です。企業の実務に即して言えば「徳ある人」とは「人と組織の協働性をより多く引き出し、その成長を促進する人」です。
また、「功ある人」とは、個人単独の業績ではなく(それは現実的にも卑小な業績であることが多い)「組織的協働を通じてより高い目的を達成し、より豊かな価値を実現した人」のことです。これらの人たちをより厚く処遇することが人と組織の成長を促進します。
人を処遇するためのポジションや、報酬を分配するための原資は、企業の有限の経営資源ですので、その配分は「選別の論理」に基づいて行わざるを得ませんが、そのことは同時に人と組織を「強くする」という意味での「育成の論理」でもあります。
(6)モラール・ストレス・退職管理 … 組織的協働の評価指標として。
「モラール」とは、「組織構成員の組織的協働性に向けた動機付けの高さ」を言います。一方「ストレス」は主に「組織的協働がかえって構成員の負担や障害になっている状態」を言います。いずれも組織の協働性を維持増進するための評価指標です。
また、若年層が「これ以上勤めても自己実現や自己成長が望めない」と思えば退職に向かうでしょう。その意味で「退職(退職の理由)」も組織の協働性(人と組織の成長が促進されているかどうか?)を評価する指標です。(後述「モラール・ストレス・退職管理」)
労務管理は、例えばモラールのマネジメントであり、ストレスやメンタルヘルスのマネジメントであり、退職管理のプロセスです。いずれも人と組織の維持成長のために、「育成の論理」と「選別の論理」を同時に働かせるべきです。
(7)組織管理 … 組織的協働の維持向上のために。
「組織」と言ってもそこに「組織」という実在があるわけではなく、そこに実在するのは「人間諸個人」であり、あえて言うなら「組織協働的にふるまう(あるいはふるまわない)人間諸個人とその相互関係」です。
したがって「組織管理」も「人事マネジメント」の一環であり、その視点を「構成員の組織協働性」に絞ったものであると言えます。筆者が掲げる「組織管理の七つ道具」(後述)は、いずれも「組織的協働性の維持向上のための」機能です。
① Decision(組織的協働のための判断・決断・選択)
② Orientation(組織的協働に向けた方向付け)
③ Motivation(組織的協働に向けた動機付け)
④ Communication(組織的協働のための意思疎通)
⑤ PDCA, Evaluation(組織的協働におけるPlan-Do-Check-Actionと評価)
⑥ Education(組織的協働性の成長の促進)
⑦ Organization, Succession(組織的協働性の構築と継承)
<追記事項>「育成の論理」と「選別の論理」
「組織」が「組織」たる所以は、「組織が特定個人に依存しないこと」であり、「特定個人がいなくても組織として存続する」ことです。したがって「組織」の進化や成長を考えるなら、組織を構成する人たちを「育成」することと同時に「選別」することも必要です。
採用から退職までの人事マネジメントの各プロセスは、「育成」のプロセスとして運用することができますし、そうすべきですが、同時に、「組織」の進化や成長のためを思うなら、「選別」のプロセスとしても運用すべきであると筆者は考えます。
① 採用 ・・・ まさに「選別」のプロセスとして。
② 評価 ・・・ 「動機付け」と「成長促進」のプロセスと同時に「選別」のプロセスとして。
③ 処遇 ・・・ 将来にわたって組織に貢献し、組織を牽引してくれる人を高く遇する。
④ 報酬 ・・・ 有限の報酬原資を、組織への貢献度に応じて適正配分する。
⑤ 退職 ・・・ 組織の目的や価値にコミットメントしない人には退いてもらう。
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